いい加減付き合って下さいよ(栄吾)

第15話 西辻栄吾 in 速水家①

 一旦如月家に戻り荷物をまとめ、お嬢様に追い出された(去り際に蹴られた)俺は、速水家の門の前に立っていた。道中で芽衣とすれ違うようなこともなく、一人で重い荷物を持って炎天下の中を歩きながら、バスを使えばよかったと後悔したのは言うまでもない。

 そんなことを思い出しながらインターホンを鳴らすと、すぐに返答があった。


『西辻栄吾様でございますね。ただ今鍵を開けますので、どうぞお入りください』

「……あ、はい」


 蒼真様かと思ったが、聞こえてきたのは女性の声だった。それもお嬢様とは正反対なほどに物静かな、妙に大人びた声。

 と、何の前触れもなくガチャっと音がしたと思ったらスーッと門が開いた。…………やっぱり近代的だな。


(……入っていいのか?)


 お入りください、と言われたものの事前の連絡もなしに速水家に訪れるのはこれが初なので少し躊躇してしまう。そんな俺の心を読んだのか、インターホンの向こうからくすっと小さな笑い声が聞こえてきた。


『そんなビクビクしなくてもいいのに。やっぱり君は変なとこで気が小さいね』

「……やっぱり琥珀さんでしたか」

『あれ、分からなかったのかい?』

「琥珀さんが俺に対して丁寧に対応したことが一度でもありました?」

『んー……あ、ないね』

「そんな元気よく言わなくても……」


 俺を迎えてくれたのは姫島琥珀ひめじまこはくさん。芽衣の先輩にあたる女性で、歳は俺たちの一つ上。そのおかげというか、よく相談に乗ってもらっていると芽衣が言っていた。そして一つ付け加えるのであれば……大き──いや、忘れてくれ。

 何故面識があるかというと、如月家の用事で速水家に訪れた時に対応してくれるのが琥珀さんだからだ。

 裏表のないさっぱりとした性格に緊張感も薄れ、漸く俺は速水家に足を踏み入れた。

 如月家並みに大きい西洋風庭園を通り過ぎて扉の前に立つと、静かに開いて中から琥珀さんが現れた。


「や、久しぶりだね」

「お久しぶりです、琥珀さん。一週間お世話になります」

「相変わらずお堅いなぁ。もっと甘えてくれてもいいんだぞ?」

「蒼真様はどちらに?」

「おっと……私の溢れんばかりの母性はスルーかい」

「俺が甘えるのは芽衣だけって決めているので」

「お、言うじゃないか」


 琥珀さんに真面目に対応しては負けだ。何度も会う中でそれを学んでいた俺は、早速蒼真様に面会を求めた。


「蒼真君なら応接間で待ってるよ。場所は分かるよね?」

「あ、はい」


 蒼真様を君付けで呼ぶのはこの世で琥珀さんただ一人である。不敬に思われても仕方がないのにクビにならないのは、ひとえに彼女のメイドスキルの高さ故。それだけは見習うべきだと思っている。

 まぁそれは今は置いておいて、俺はまっすぐに応接間に向かった。扉をノックしながら「西辻です」と声をかけると、すぐに「入っていいよ」と入室許可を貰えた。


「失礼します」

「よく来てくれたね」

「いや、蒼真様たちのご命令なので」

「まぁいいじゃないか。ほら、座ってくれ」

「はい」


 俺が蒼真様の向かいに座ると、丁度そのタイミングで扉が開き、琥珀さんが紅茶を持って入ってきた。


「蒼真君、栄吾君、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとう。……君は客人が来ても変わらないんだな」

「お客様がいようがいまいが、蒼真君は蒼真君ですので。そうだろ? 栄吾君」

「俺に話題を振らないで下さいよ……」

「姫島……西辻君が困っているだろう」

「はい、すみませんでした。では失礼します」


 琥珀さんはニコッと笑ってから退室していった。あまりにふてぶてしいその態度に、さすがの蒼真様も苦笑していた。


「すまない。変なものを見せてしまったかな?」

「いえ、琥珀さんには慣れているので」

「そうか。彼女はあれでも良い奴だから、これからも仲良くしてやってほしい」

「それはこちらからお願いしたいくらいですよ」

「そう言ってくれるとありがたいな。それはそうと──」


 蒼真様は唐突に本題に入った。途端に部屋の空気が引き締まる。


「君がこの家に滞在するにあたって、ルールを決めたいと思う」

「はい、それは当然というか……罰を受ける身ですから覚悟はしています」


 そう。俺は何もただ泊まりに来ている訳ではないのだ。あくまでこの速水家への滞在は俺が主に無断で芽衣と交際していたことへ対する罰の一環。それに対する口答えなどあろうはずがない──のだが、告げられたルールにはさすがに唖然としてしまった。


「西辻君、君は基本自由にしてくれて構わない」

「……はい?」

「君は基本自由にしてくれて構わない」

「二度言わなくても聞こえてますが……じゃなくて! いいんですか?」

「いい……とは?」

「いや、これって一応罰なんですよね?」

「そうだが……客人として扱うと言っただろう?」

「あ、本気だったんですか」


 と、まぁ……こんな感じで俺は迎えられた。

 俺の忘れられない一週間が、今、始まる……。


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 はい、お久しぶりでございます!

 今までの話に比べてちょっと会話文が多めですかね?

 そして新キャラの登場です。姫島琥珀さん、芽衣の先輩メイドですね。歯に衣着せぬ物言いが一部の客人に人気だとかそうでないとか……ってメイド喫茶みたいになってますがちゃんとしたメイドですので。

 どこかで芽衣と琥珀さんの絡みも書けるといいですね。いや、書きます。頑張ります。

 てことで(?)高評価して頂けると作者が喜ぶようです。m(_ _)m

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