第14話 二人の思惑
状況を整理しよう。
ついさっき、俺と芽衣が付き合っていることがお嬢様と蒼真様にバレてしまった。全てをお話した末にお二人から出された条件が一週間の謹慎と屋敷への立ち入りの禁止……だったはずだ。
それなのに…………
「俺が速水家に?」
「私が如月家に?」
一体どういうことなのか。
頭の上に疑問符を浮かべる俺たちに、お嬢様が詳しい説明をしてくれた。
「これはお互いに合意済みの決定事項。貴方たちに拒否権はないわ。形式上 “罰” と言ってはいるけれど、実際は職場体験みたいなものね」
その言葉に、芽衣は更に困惑したようで不安そうに俺を見上げてきた。可愛い。
まぁそんなことだろうとは思っていたが、まさかの職場体験……か。お互いに合意済み、ということは幸成様と豪紀様が裏で色々やっていたんだろうな。
というかそれをあっさり受け入れるあたり、お嬢様と蒼真様、だいぶ仲が良いんじゃないか?
「罰を受ける立場で反対はしませんけど……俺を受け入れるメリットが蒼真様にあるとは思えません」
そう尋ねると、蒼真様の控えめな笑い声が電話の向こうで聞こえてきた。育ちがいい人が何をしても上品に見えてしまうのは何故なのか。
そして答えが返ってくる。
『西辻君は自分を卑下しすぎだよ。君を認めているのは何も真白だけではないさ』
「……ま、まだ至らないところもあるけどね」
お嬢様、それをツンデレって言うんですよ。そう思ったが口にできるはずもない。だが蒼真様だけは俺の考えを察したのか、微かな笑い声が聞こえた。
その蒼真様の “認められている” という言葉が妙に気恥ずかしく、俺は「……はぁ」という曖昧な言葉しか返すことができなかった。
そんな俺の隣では、芽衣が自分のことのように喜んでいるのが見えた。可愛い。
『それに、同性でしか話せない話題もあるだろう』
「……と言いますと?」
蒼真様の意図が理解できずにそう聞き返したが、返ってきたのは『安心してくれ、変な話ではない』という曖昧な言葉だった。だがまぁ、蒼真様が嘘をつくとも思えないし、この言葉は信用しても大丈夫そうだ。それによく考えたら一週間もお嬢様の無茶振りから解放される訳で、この機会を逃したら二度と訪れないかもしれない──辞めるという選択肢もあるが、不思議とそんな日は来ないという漠然とした自信があった。
「それならまぁ──」
俺が言葉を紡ぎかけたその瞬間、芽衣が静かな声で主張した。
「蒼真様、栄吾君に変なことを吹き込まないでくださいね」
「ちょ、芽衣!?」
『勿論だよ』
「栄吾君、一週間後に話は聞かせてもらいますので」
「は、はい……」
蒼真様に反論をするとか凄いな。俺だったらお嬢様に反論なんて絶対にでき……な…………いや、結構してるか。
俺の返事で満足したのか、芽衣はくるっとお嬢様に向き直った。そしてそのままメイドらしい大人びた笑みでこう口にした。
「そういうことでしたら、喜んでお引き受け致します」
そんな芽衣に、お嬢様は呆れたような微笑を浮かべて答えた。
「今回は貴女を客人として招くつもりなの。敬語を使うのはそこまでよ」
「いや、ですが……」
「お願い」
何かがおかしかった。いつものお嬢様だったら絶対にこんなことは言わない。それを芽衣も感じとったのか、数秒考えた後にこう答えた。
「分かりました。ですが敬語はもう癖のようなものなので……」
それもそうだ。付き合っている俺にさえ敬語を使うんだから、それが芽衣のチャームポイントみたいなものになっている。今更敬語を使うのをやめろなんて言えるはずがない。
「……そう、わかったわ」
「申し訳ございません」
「謝らなくてもいいわよ」
「はい」
お嬢様と芽衣のそんな微笑ましい会話を聞きながら、俺はふと頭に浮かんだ一つの疑問を蒼真様に投げ掛けた。
「あの、蒼真様」
『ん、何だい?』
「俺はこのままでいいんでしょうか」
『勿論だよ。言葉遣いを変えろ、なんて無茶を言うようなことはしないさ』
正直その申し出はありがたかった。ありがたいんですが……何故お嬢様を煽るような言い方をするんですか、蒼真様。案の定、目の前にはむすっとした表情のお嬢様がいた。
色々遡ってみれば全ての原因は俺にあるんだが、関わりたくないなぁ……。
「蒼真、一体誰のことを言っているのかしら?」
『僕は一般論を述べたまでだよ。心当たりがあるのは君にやましいところがあるからだろう?』
「……っ、そんなこと──」
「ない、とは言いきれないんじゃないか?」
「〜っ!」
蒼真様、どうかそれ以上お嬢様を煽らないで頂けますか? 正論に次ぐ正論でお嬢様のHP(反論可能ポイント)はもうゼロです。見ていられません──まぁ多少スカッとはしましたけど。
「あの、お二人共そこまでです。というかデ……デートを再開させて欲しいのですが」
俺のその言葉は、お嬢様と蒼真様の何を言っているんだというような声で一蹴された。
『「……はぁ?」』
俺、何か変なこと言ったかな。
「…………あの?」
そしてお嬢様が衝撃の一言を口にした。
「残念だけど、アンタたちのデートはここまでよ」
「「……はい?」」
『今すぐ荷物をまとめてくるんだ。言っておくが、これは命令だよ』
「そういうことね。栄吾、戻るわよ」
「いや、あの……?」
『東坂、君も一旦戻ってくるんだ』
「は、はいっ」
命令と言われてしまえば逆らえなくなるのが執事/メイドの性である。
そんな訳で、俺たちのデートは何もできないまま唐突に終わりを迎えた。まぁ、絆を深めることはできたのか……?
とりあえず、芽衣をナンパした奴らは絶対に許さない。絶望を怒りで塗りつぶして、俺はお嬢様に引っ張られながら家路についた。
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