第10話-② 尾行:如月真白 Ⅱ

 漸く混雑した電車から解放された。もう電車移動は懲り懲りね。人にぶつからないように気をつけながら二人を追っていると、栄吾が東坂さんの手をとるのが見えた。公共の場で随分いちゃついてくれるわね。


「手、離すなよ」

「……はい」


 栄吾はそのまま東坂さんの手を引いて歩いていく。緊張しているのか知らないけれど、歩幅が大きくなっている。暫く歩いていると、突然東坂さんが立ち止まった。その理由は私でも理解できた。


「…………」

「あの、芽衣さん?」

「栄吾君、歩くの速いです」

「え、あ……すまん」


 やっぱりね。彼女の歩幅も考慮できないなんて、彼氏失格なんじゃないかしら?


「別に怒ってはないのですけど……こうすればいいだけですしっ」


 あれ……思っていた反応と違う? というか東坂さん、意外と大胆なのね。蒼真の隣にいる時と全然違うじゃない。


「こうすれば栄吾君も速くは歩けないでしょう?」

「いや、まぁそうなんですが……」


 栄吾も栄吾でデレデレし過ぎだと思うの。私といる時は絶対にそんな顔しないじゃない。そうするのが当然とはいえ、異性として見られていないみたいで少し、いえ、かなりモヤモヤするわ。

 そんなことを考えている間にも、東坂さんの行動はエスカレートしていった。な……胸を栄吾の腕に押しつけ……!? 私より小さいくせにやるわね。「どうしたんですか?」じゃないわよ。


「いや、何でもないよ」

「それならいいのですけど……体調悪いなら言ってくださいね? 栄吾君、無茶しそうですから」

「ん、ありがと」

「別にいいのです」

「じ、じゃあ行こうか」

「はいっ♪」


 何かしら、こうして二人のあとをつけている私が虚しく思えてきたわ。私、何をしているんだろう。

 駅の外に出ると、容赦なく陽射しが照りつけてきた。


(暑いわ……)


 帽子でも持ってくるべきだったと後悔していると、東坂さんが栄吾の頭に帽子を乗せた。随分用意のいいことで。


「芽衣?」

「熱中症対策です。今日は気温が高くなると天気予報でやっていたので持ってきました」

「いや、それはありがたいんだけど……何で俺のまで?」


 嘘でしょ……? さすがに私でも分かるっていうのに、どれだけ鈍いのよ。


「何故って、どうせ栄吾君は持ってこないだろうなと思いまして」


 まるで栄吾のことならお見通しとでも言うようにドヤ顔で言い切った東坂さん。と思ったら急に真面目な顔になってこう口にした。


「言っておきますけど、それだけが理由ではないですからね?」

「……へ?」


 ……他の目的? 帽子の用途、もしかして私が知らないだけで熱中症対策以外にあるのかしら。


「やっぱり分かってなかったのですね……」

「ご、ごめん」

「別に怒ってはいませんっ。ですが、一応多少なりとも変装は必要でしょう」

「変装……?」

「私たちの関係が当主様に知られているとはいえ、クラスメイトが知っているとは限らないのです。それこそ今日見られて蒼真様や真白様に告げられたら……」

「あぁ、そういうことね」

「帽子だけでも、意外と雰囲気って変わるのですよ?」


 なるほどね、それはいい考えだわ。でも私にバレている時点で手遅れ──いえ、これ以上言うのは野暮ね。……って何で擁護する形になってるのよ。


「理由、まだありますよ」

「……え?」


 は……はぁ!? さすがにもう無いでしょう、私がそう思うのも当然だった。だって、カップルにしか分からないような事だったのだから。


「栄吾君のと私の帽子、同じやつなんです。お揃い…… “ペアルック” ですね♪」

「────っ!」

「え、栄吾君!?」


 あ、栄吾が倒れた。

 それを見た私は心の中でこう叫んだ。


なっさけな!)


 と、栄吾を地面に放置して東坂さんがこっちに歩いてきた。バレたのかと思ったけれど、駅員さんを呼びに行ったみたい。すぐに駅員さんを連れて戻ってきて、栄吾を近くのベンチに寝かせた。

 ……って、膝枕!? 東坂さん、さすがにそれは甘やかしすぎじゃない?

 十分以上経って、漸く栄吾が目覚めたみたい。遅すぎよ。ジュースを買って空にしちゃったじゃない。


「あ、おはようございます♪」

「おはよう……?」

「芽衣、これは?」

「膝枕です」

「うん、それは分かる。何故?」

「何故って……あ、まだ起きちゃだめですっ」

「えっと……栄吾君が倒れてしまったので駅員さんにお願いしてこのベンチまで運んでもらったのです。さすがに私一人で栄吾君を運ぶのは無理だったので」

「左様で」

「なかなか起きなかったので膝枕をしてみました」


 寝起きだろうとどこにいようと関係なくいちゃつくのね。もう見てるこっちが恥ずかしくなってくるわ。ほら、隣のご婦人だって笑っているじゃない………。


「介抱してくれてたんだな。迷惑かけてごめん」

「迷惑だなんて……栄吾君の寝顔も見れましたし、役得でした」

「そ、そうか」

「栄吾君って男の子にしてはまつ毛長いんですね。それに思ったよりも肌が柔らかくてちょっとびっくりしました。ほっぺたぷにぷにしても起きなかったので、つい悪戯をしてしまいましたが、栄吾君の寝顔が可愛すぎるのがいけないんです。だから許してくださいね?」


 えぇ、私は全て見ていたもの。栄吾の頬をつついているところもね。今度東坂さんに会ったらこのネタでからかってあげようかしら。


「芽衣さん芽衣さん」

「はい、何でしょう」

「ほっぺたぷにぷにとは?」

「言葉の通りです。こうやって──」


 だから何で人前でやるのよ……。TPOをわきまえなさいよ。さっきから貴方たち笑われているのよ?


「って再現しなくてよろしい」

「あ、もう少しだけ……」

「だーめ」

「むぅ……」

「んで、悪戯ってのは?」

「うぐ、それは……」


 彼氏の寝顔を撮影していたなんて、さすがに言えないわよねぇ。逆の立場だったらものすごく恥ずかしいもの。

 そんな東坂さんに例の老婦人が追い打ちをかけた。というか、どこかで会ったことがある気がするのよね。


「その子、貴方の寝顔を撮影していたのよ。すごく楽しそうにしてたわね」

「あの!? ……って、あれ?」

「は、はぁ……」


 あ、東坂さんも気がついたみたい。栄吾は相変わらずの鈍感を披露していた……あ、これは違うわね。単に恥ずかしがっているだけだわ。


「芽衣」

「ひゃい!?」

「後でスマホのアルバムを確認させて頂いても?」

「断固拒否します」


 東坂さん東坂さん、栄吾の寝顔なんか保存してもいいことなんて何もないわよ。でも、きっと東坂さんにしか分からないこともあるのよね。


「教えて頂きありがとうございます」

「いいのよ。それにしても、仲がいいのねぇ」

「ええ、まあ」

「お幸せにね」


 老婦人はそう声をかけて立ち去って行った。と思ったら途中で被っていた帽子を外した──同時に髪の毛までも。やはりあの人だったのね。彼女、いえ、彼は私の元にやってきた。私がいることもバレていたみたい。


「お久しぶりです、速水さん」

「ふふ、良家のご令嬢が盗み見とは……感心しないね」

「それはお互い様でしょう?」

「それもそうだ」


 速水さんはそう言って小さく笑った。まるであの二人が付き合っていることを初めから知っていたみたいに。


「あの二人の関係について、何か知っていたのですか?」

「知っているも何も、見たままだよ」

「やはり、付き合っているんですね」

「だろうね」


 別にショックではなかった。ただ驚いただけ。……でも、騙されていたことは少し悲しかったわね。


「あぁ、すまない。この後打ち合わせがあってね」

「いえ、お引き留めして申し訳ありません」


 謝ってから思った。こちらにやってきたのはそちらですよね、と。


「それでは、息子を宜しく頼むよ」

「はい。………………え?」


 社交辞令的に頷いたものの、数秒経って速水さんの言葉に疑問を感じた。何で私が蒼真と仲良くする前提なのよ。

 否定しようとした時には、彼の背中は既に背中は遠くにあった。

 速水さんの言葉の真意を考えていたせいで、二人を追いかけるまでに少し時間がかかってしまった。

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