第10話-① 尾行:如月真白 Ⅰ
最近、私の従者の様子がおかしい。と言っても怪しいとかそういう類のものではなく、ただ単に心ここに在らずという感じ。
栄吾がこうなったのは数日前に買い出しに行った後から。その間に何があったのか私に知る術はない。その日はお父様が夕食に同席したけれど、それは関係ないみたい。
そして今日、栄吾から「今週末休みを頂けますか」という依頼を受けた。本家から別の使用人を呼べばいいし困ることもないのだけれど…………
「別に構わないけれど──」
「ありがとうございます」
「──早とちりしないで。どこに行くの?」
「あー……と」
「言えないの?」
「一応俺にも最低限のプライバシーはあるというか」
「ふーん」
怪しい、ものすごい怪しいわ。
どうしても言う気がないのなら仕方がないわね。栄吾には悪いけれど、当日お忍びでついて行くことにした。もちろんお父様にも使用人にも内緒でね。
そして当日、栄吾は静かに家を出て行った。住み込みの執事だからこの家を出て行くのは当然だけど、私を起こさないようにというその考え……浅いわね。
栄吾が出かけてから数分後、私は本家の使用人がやってくる前にそっと家を出た。
暫くして、栄吾の姿が見えてきた。
(……随分と楽しそうじゃない)
栄吾は私と並んでいる時には決して見せない表情を浮かべていた。これはどう考えても……
(デート、よね)
落ち込むなんてことはない。だって栄吾に恋愛感情を抱くことなんてないんだから。それ以上に、あの栄吾が好きになった人が誰なのか興味が湧いてきた。
栄吾がやって来たのは駅だった。少し離れた木陰で監視をしていると、暫くして彼女と思しき人物が栄吾に話しかけるのが見えた。
シンプルで清楚な白のワンピースを着ているせいで一瞬分からなかったけれど、あれって蒼真の犬よね?会話が聞こえてこないのがもどかしいわね。かといってこれ以上近づく訳にもいかないし……。
と、突然栄吾が叫んだ。私にも聞こえてくるくらいの大声で。
「いやいや、凄い可愛いよ!」
お、おお…………なかなか大胆ね。公衆の面前でイチャつく勇気は私にはないわ。そもそも相手がいないのだけれど。
あ、東坂さんが爪先立ちになって栄吾に何か耳打ちをした。ふーん……なかなか近いじゃない。
数分後、二人は漸く駅に入っていった。二人を見失わないように私もすぐに後を追う。
「……っと。芽衣、線路側じゃなくてこっち歩け」
「ダメです、栄吾君が危なくなってしまいます」
「俺は大丈夫だって」
「いいから芽衣がこっち歩けよ」
「むぅ……今日の栄吾君、強引すぎて嫌です」
「んなっ!?」
不思議ね。喧嘩しているはずなのに何故か微笑ましく見えてしまう。喧嘩の内容がくだらないのもあるけれど、その中にも優しさが窺えるからかしら?
「いや、いつも我慢させてる気がするから……」
「我慢……ですか?」
「俺がお嬢様と話してる時、羨ましそうな目で見てただろ?」
「き、気づいていたのですか!?」
へ、へぇ…………そんなふうに思われていたのね。今後はもう少し栄吾から距離を置こうかしら。……って何で私が二人の仲を取り持つような真似をしなくちゃいけないのよ。
「わ、私だって……」
「ん?」
「いつも苦労している栄吾君に少しでもリラックスして欲しいのです」
「苦労?」
「だって栄吾君、いつもいつも真白様に振り回されているじゃないですか」
「それはまぁ……」
栄吾、何で否定しないの?
後でおしおきが必要みたいね。
「ありがとう。でもまぁ、今日くらいは芽衣も肩の力抜けばいいよ」
「え?」
「芽衣が喜びそうな所、調べておいたからさ」
「あの……」
「ん?」
「私も、栄吾君が喜びそうな場所をチェックしてきたのですけど……」
ふ、馬鹿ね。初めからお互いで話しておけばそんなことにはならなかったでしょうに。ここからどうなるのか、見物だわ。
「どうしよう」
「どうしましょう」
ふふふ……困っているわね。
「とりあえず、どこに行くつもりだったのか教えあった方がいいかな」
「そ、そうですね」
「「…………」」
沈黙が流れた直後、二人は声を上げて笑った。電車を待っていた人たちが驚きの視線を向ける。私といる時はあんな風に笑うことなんてないのに……恋愛の力って凄いのね。
「な、何で全部同じ場所なんだよ」
「まさか同じことを考えていたなんて……」
いや、そんな事有り得るの? 以心伝心どころじゃないわよ。
「まぁ、無駄な争いがなくなったな」
「そうですね。一緒にに楽しみましょう!」
やるわね、多少のトラブルをものともしないなんて……さすがは執事とメイドと言うべきね。手を繋いだ二人が眩しかったわ。見ているこっちが当てられそう。ほんと、バカップルというか何というか……そんなことを考えていると駅員さんから声をかけられた。
「ちょっと君、何やってるの?」
「へ!?」
「いや、変な人がいるって報告があってね」
変な人って、もしかして私?
「別に何もしてませんけれど」
「本当に?」
「あ、すみません、電車が来たので」
「あ、ちょっと!」
私は何とか乗り切ることに成功した。
というか、休日の電車ってこんなに混雑しているのね。普段電車になんて乗らないから新鮮だわ。
まぁ、そのせいで二人に何が起こっているのか分からないのだけれど。
結局、二人がどこで降りるのかを見失わないようにするので精一杯だった。
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はい、という訳でね。実は真白さんがついてきてましたというお話でした。ここまで来たら前話で芽衣に話しかけたのが誰なのか、察しのいい皆様はもう分かっている頃でしょう。
分かったよって方も分からねーよって方も、高評価を押していただけると作者のやる気が上がります。
高評価よろしくっ!m(_ _)m
*タイトル変更しました*
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