第9話-② 後悔:東坂芽衣
何故、こうなってしまったのでしょう。
栄吾君と二人、本来なら楽しいデートになるはずだったのに。今更後悔しても、後の祭り。頭ではそう理解していても、悔やまずにはいられませんでした。
だから私は彼に、栄吾君に言葉をかけるため、大通りを一人で走っているのです。あの時の栄吾君の行動は間違ってはいなかったと、ただそれだけを伝えるために。
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気まずかったからなのかもしれませんが、駅を出てから私たちの間に会話はありませんでした。
せっかくのデートなのに、少し物足りなさを感じてしまいます。
と、この空気に耐えきれなくなったのか栄吾君が口を開きました。
「芽衣、ちょっと飲み物買ってくる」
そう言う栄吾君の視線は、少し先にある公園の自動販売機に向いていました。喉が渇いているのでしょう。
「はい、行ってらっしゃい」
そう送り出すと、立ち止まった栄吾君が振り向いてこう言いました。
「芽衣の分も買ってくるけど、何がいい?」
「水……あ、天然水がいいです。でも、いいんですか?」
それなら二人で行けばいいのでは? そう思ったのですが、口にはしません。ただ、栄吾君に奢ってもらうことに多少の罪悪感は感じてしまいます。
そんな私に、栄吾君は爽やかに答えてくれました。かっこいいです。
「もちろん。天然水な」
「お願いします」
栄吾君が自動販売機に向かうのを確認して一息つきます。栄吾君の背中、大きいんですね。
好きな人を送り出す。
一緒に暮らせるようになれば、それが当たり前になるのでしょうか。いえ、当たり前になってくれればいいなと、そう思うほどに栄吾君のことが愛しくなるのです。
そんなことを考えていたせいか、背後から近づく足音に気づくのが遅れてしまいました。気がついた時には、既に話しかけられていたのです。
「そこの彼女、一人?」
「……え?」
話しかけてきたのは数人の男性。年上と思われますが、何となく軽薄な印象を受けますね。見た目で人を判断してはいけないと言いますが、金髪ピアスサングラス……ここまで揃ってしまえばそう思うのも仕方のないことです。
それにこの状況、いわゆるナンパと言うやつでしょうか。
「いや、暇そうにしてたからさぁ。どう? 俺らと一緒に遊ばない?」
この人たちは、私が栄吾君と一緒にいたところを見ていないのでしょうか。
「お言葉ですが、人を待っていますので」
こういうタイプの人間は、絶対に怒らせてはいけない。本か何かでそう読んだ記憶があったので、穏便にすまそうと思っての発言だったのですが、むしろ付け上がらせる結果になってしまったようです。
「まあまあ、そんなつれないこと言うなって」
そう言って私を連れていこうとしてきます。さすがに嫌悪感がすごいです。ただ、必死に抵抗しても──
「あの、やめてくださいっ。待ってる人がいるので」
「いいじゃんかよ。そんな奴放っといて俺らとカラオケ行こうぜ」
──いかに護身術を学んでいるとはいえ、女子である私が男性の腕力に抗える訳もなく。あっさりと腕を掴まれてしまいました。
助けを求め周りを見ますが、誰もが関わり合いになるのを避けているように見えました。良く考えれば当然のことです。自ら好んで危険に挑むような人など、いるはずがないのです。
「ほらほら、俺達もうカラオケ予約してるからさ」
「やっ……離してください!」
こういう状況って、意外と冷静でいられるものですね。そのまま連れていかれそうになった、その時でした。
「おい」
「……何だお前──っ!?」
聞き覚えのある声が耳に届いたその瞬間、リーダーと思しき男性が膝から崩れ落ちました。
栄吾君が、助けに来てくれた。そう理解した途端、体が震えてきました。今更ですが、恐怖が込み上げてきたのです。
栄吾君は、そんな私を守るように立ち位置を変えながら、次から次へと私たちを囲む人たちを倒してしまいました。
ふと、栄吾君の拳に切り傷ができているのが目に留まりました。血が出ている、そう言おうとした時、後ろから声がかけられました。
「ちょっと君、何してんの」
苛立ちが含まれるその声に振り返ると、自転車を降りた警察官がため息をついていました。栄吾君は自分が何をしたのかを理解したようで、不安な様子で周りを見渡します。周りからは、怯えのような感情を向けられます。
「何だよ、それ……」
栄吾君の口からそんな声が漏れました。拳を握って震える栄吾君に「言い訳は交番で聞くから」と声をかける警察官。
次の瞬間、栄吾君が叫びました。
「おかしいだろ! 芽衣がナンパされて拉致られかけてんのにあんたらは何もしなかったよな! 動いたの俺だけだっただろうが! なのに何で俺が……っ」
その間も、私は震えている事しか出来ませんでした。もし栄吾君が来てくれなかったら、そう考えると、体の震えが止まらなかったのです。
そんな私を見た栄吾君の表情が、一瞬で凍りつきました。これは……絶望?
「何、で……?」
栄吾君の表情の意味が分からず私が何も言えないでいると、いやいやをする子供のように栄吾君が首を横に振りました。
「とりあえず交番に来てもらえるかな」
そう言って近づいた警官の手を振り払い、栄吾君は走り出しました。「ちょっと待ちなさい!」と叫ぶ警察の方ですが、私のことを気遣ってか離れようとはしませんでした。やがて、栄吾君の背中が見えなくなってしまいました。
「とりあえず、状況を聞かせてくれるかな」
「彼の……栄吾君の所に行かせてくださいっ!」
事情聴取、とでも言うのでしょうか。詳しく話をする必要があるのでしょうが、今の私にはそんなことどうでもよかったのです。
今栄吾君を追いかけないと、永遠に見失ってしまうような、そんな気がしたのです。
「いや、でもねぇ……」
「お願いします!」
「そんなに時間は取らせないから大丈夫だよ」
それでも、行かせては貰えませんでした。
もう無理なのかと、諦めかけたその時です。俯いた私の頭上から、声がかけられたのは。
「貴女はアイツを追いかけなさい」
「……何故!?」
「いいから早く。手遅れになるわよ」
突然現れそう言ってのけるその人物に、「ちょっと、仕事の邪魔されたら困るよ」と苛立ちを隠そうともしない警察官。そんな状況でも、その人物は毅然とした態度で答えました。
「私は一部始終を見ていました。状況を話すくらいなら私でもできますが」
「そうは言ってもねぇ……本人に話を聞かないことには」
「心の傷を抉るような真似をしても、ですか?」
その方は、警察官にそう話しながら「行きなさい」と目で合図をしてきました。何故か分かりませんが、この方が作ってくださったチャンスを逃す訳にはいかない。
私は、考えるより先に走り出していました。
体の震えも、いつの間にか止まっていました。
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栄吾君のしたことは、絶対に間違ってなんかいない。栄吾君が気に病む必要はない。伝えたい言葉は色々ありますが、全ては栄吾君に会ってからです。
栄吾君がどこへ行ったのか。行き先を知らなくても、見ていなくても、直感で体が動いていました。栄吾君ならこうするだろうと、栄吾君の考えを理解しているかのように。
そして、見つけました。
今にも泣きそうな、くしゃっと歪んだ顔。思わず護ってあげたくなります。いえ、護りたい──護らせてほしいんです。
だからまずは、そっと声をかけます。名前を、呼びます。
「栄吾君っ」
何が起きているのか分からない、顔を上げた栄吾君は、そんな表情をしていました。
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お待たせし過ぎましたかね。
課題やら学校が始まる準備やら色々あって遅れました!
……すみません、言い訳ですね。
書きながら警察官にイラッとしたのはここだけの話です。
俺も/私も同じだよって方もそうじゃない方も、高評価をしてくれると作者の気持ちが凪ぐかもです。
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