第9話-① 後悔:西辻栄吾
どうして……どうしてこうなった?
日陰になっていて、少し寒いくらいの狭い路地に独りで座りながら、俺はつい数分前の出来事を思い出していた。
俺は、どこから間違えていたんだろうか。
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ふと、喉の渇きを感じた。
「芽衣、ちょっと飲み物買ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
「芽衣の分も買ってくるけど、何がいい?」
俺がそう言うと、芽衣はすぐに「水……あ、天然水がいいです」と答えた後に「でも、いいんですか?」と聞いてきた。いいも何も、迷惑をかけたのは俺だから芽衣の願いは何だって叶える覚悟だ。
「もちろん。天然水な」
「お願いします」
芽衣は律儀に頭を下げて俺を見送ってくれた。別にそこまでしなくてもいいんだが……少し恥ずかしくなって速歩で自販機に向かった。
それが、間違いの始まりだったのかもしれない。
(芽衣が天然水で、俺は……)
芽衣がご所望の天然水を買ってから、何を買おうか少し悩む。というか、コーラやエナジードリンクは普通にあるのに何故ジンジャーエールは置いてないんだろう。俺、結構好きなんだけどな……。
そんなことを考えていたせいだろうか、芽衣の元に戻るまでに時間がかかってしまった。
「芽衣、お待たせ──」
そして視界に飛び込んできた光景に、俺は頭が真っ白になった。
「あの、やめてくださいっ。待ってる人がいるので」
「いいじゃんかよ。そんな奴放っといて俺らとカラオケ行こうぜ」
芽衣に絡んでいるのは、金髪の男性数人──大学生か? 見た目で判断してはいけないのだろうが、いかにもチャラそうな雰囲気だ。そして、これはいわゆる “ナンパ” という行為だろう。
やめてくれ、芽衣はそう口にしているのに、何故それ以上絡もうとするのか。何よりも先に呆れを覚え、芽衣から引き離そうと一歩前に出た時、ついに彼らが決定的な行いに出た。
「ほらほら、俺達もうカラオケ予約してるからさ」
「やっ……離してください!」
男たちは嫌がる芽衣の腕を無理やり掴み、予約しているというカラオケ店に連れていこうとした。そのまま狭い路地に消えていこうとする。
その光景を目にした時、俺の中で何かが切れた。
「おい」
「……何だお前──っ!?」
次の瞬間、俺の右拳がリーダーと思しき男の顔面に炸裂していた。
何が起きたのか理解していない取り巻きに、とりあえず一撃ずつ入れておく。数秒後、地面に踞り何か呻いている男たちに囲まれて、俺は立っていた。
右手に微かな痛みを感じそっと確認すると、最初に殴った時に相手の歯にでも当たっていたのか、指に切り傷ができていた。別にこれくらい何てことない。芽衣を守れたのなら、それでいい。
と、そんな俺に声がかけられた。
「ちょっと君、何してんの」
若干イラついたようなその声に振り返ると、誰が呼んだのか自転車に乗った警察官がそこにいた。
そして俺は自分が何をしてしまったのかを瞬時に理解した。
周りからは、恐れるような視線を向けられる。
「何だよ、それ……」
無意識のうちに、そんな声が漏れていた。「言い訳は交番で聞くから」という警官の声が遠くのもののように感じられた。
こんなの、おかしい。
「おかしいだろ! 芽衣がナンパされて拉致られかけてんのにあんたらは何もしなかったよな! 動いたの俺だけだっただろうが! なのに何で俺が……っ」
周りを見渡しながらそう叫び、最後に芽衣の顔を確認して言葉が出なくなった。
だって、芽衣の顔には一番見せてほしくなかった感情が張り付いていたから──すなわち、恐怖。
その表情が俺に向けられたものだと理解すると同時に、冷や汗が止まらなくなった。
「何、で……?」
そう呟いても、答えは返ってこない。芽衣は小さく震えているだけだった。
もう、取り繕うことは不可能なんだと、直感でそう悟った。
「とりあえず交番に来てもらえるかな」
そう言って近づいてきた警官の手を振り払い、俺は走り出していた。「ちょっと待ちなさい!」という叫び声が聞こえてきたが、追いかけてくる気配はない。おそらくは芽衣から状況を聞いているのだろう。
今の俺には、それでちょうど良かった。
お嬢様を守るために一通りの護身術を学んだが、今までそれを人に使ったことはない。これが初めてだ。人を殴った、右手に残る痛みが、その事実を忘れさせてくれなかった。
「……っ」
良く考えれば、暴力に訴えずに穏便に済ます方法もあったはずだ。それなのに俺は理性を抑えられず、本能の赴くままに人を殴った。
次から次へと後悔が押し寄せてきた。だが、もう遅い。もう、芽衣の隣にはいられない。
暫く歩き続けていると、人気のない路地を見つけた。誰に導かれるでもなく、俺はフラフラとそこに向かって歩き始めていた。
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後悔しているかと聞かれたら、もちろんしていると答える。だが俺は間違ったことをしたとは思えない。誰もあの場で動かなかったのだから、俺が動くしかなかった。ただそれだけだ。
それなのに、俺に向けられる視線が全てを物語っていた。
ふと顔を上げると、ビルの窓に俺の顔が映り込んでいた。
「……ひでぇ顔」
まるで怒られた直後の幼子。今の俺はすぐにでも泣き出しそうな、そんな情けない顔をしていた。自嘲的な乾いた笑い声が喉の奥から漏れる。
一頻り笑った後、また声がかけられた。
「栄吾君っ」
顔を上げると、そこには芽衣が立っていた。
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大変長らくお待たせ致しました。
彼女がナンパされてたら理性抑えられる自信がないよって方も、まずは話し合うよって方も、良ければ高評価よろしくです。m(_ _)m
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