第6話-② これがいつもの距離なのです:東坂芽衣

 栄吾君が照れてくれたのは嬉しいのですが、少しからかいすぎてしまったのでしょうか。何となく素っ気ない──というか少し強引な感じがします。


「……っと。芽衣、線路側じゃなくてこっち歩け」

「ダメです、栄吾君が危なくなってしまいます」

「俺は大丈夫だって」


 何が大丈夫なのか分かりません。線路側、それも黄色い点字ブロックすれすれを歩くのは危険極まりないです。混雑しているホームなら尚更です。

 ですから、私が栄吾君を守らないとダメなのです。

 それなのに──


「いいから芽衣がこっち歩けよ」


 ──栄吾君はそう言って私の腕を引っ張りました。いくらなんでも強引すぎます。


「むぅ……今日の栄吾君、強引すぎて嫌です」

「んなっ!?」


 栄吾君がショックを受けたような表情になりました。はっきり言わないと伝わらないことがあるとはいえ、好きな人のこんな顔を見るのは辛いものがありますね。

 と、栄吾君が小さくこんなことを呟きました。


「いや、いつも我慢させてる気がするから……」

「我慢……ですか?」


 私が一体何を我慢していると言うのでしょう。


「俺がお嬢様と話してる時、羨ましそうな目で見てただろ?」

「き、気づいていたのですか!?」


 恐れていたことが現実になってしまいました。先日の図書室で真白様に嫉妬を抱いていたことが気づかれていたとは……東坂芽衣、一生の不覚です。


「恥ずかしいです……」


 でも、でも……そんなことを言ったら栄吾君だって同じでしょう。だから私は恥ずかしさを押し殺して、栄吾君を見上げて言いました。


「わ、私だって……」

「ん?」

「いつも苦労している栄吾君に少しでもリラックスして欲しいのです」

「苦労?」

「だって栄吾君、いつもいつも真白様に振り回されているじゃないですか」

「それはまぁ……」


 ほら、やっぱり真白様の無茶振りに苦労されているんじゃないですか。疲れた顔の栄吾君を見るのは嫌です。彼女ですから、栄吾君には私といる時くらいリラックスして欲しいのです。笑っていて欲しいのです。


「ありがとう。でもまぁ、今日くらいは芽衣も肩の力抜けばいいよ」


 それなのに、返ってきたのはそんな言葉でした。


「え?」

「芽衣が喜びそうな所、調べておいたからさ」


 栄吾君がデートスポットを調べてきた? それは予想外でした。申し訳なさと嬉しさがないまぜになって、胸がいっぱいになります。非常に申し訳ないのですが、こればかりは正直に言うしかありません。


「あの……」

「ん?」

「私も、栄吾君が喜びそうな場所をチェックしてきたのですけど……」


 栄吾君が目を丸くしています。怒られるのでしょうか……


「どうしよう」

「どうしましょう」


 二人の口からそんな声が漏れました。暫く考えていた栄吾君ですが、何か打開策を思いついたようです。


「とりあえず、どこに行くつもりだったのか教えあった方がいいかな」

「そ、そうですね」


 良かった、私と同じことを考えていたようです。

 そしてスマホにメモしたものを見せ合うと……

 

「「…………」」


 ──刹那の沈黙。その後すぐに笑い声が上がりました。

 周囲の方々から驚きの視線を向けられたことで公共の場だということを思い出しましたが、こればかりは仕方ないとしか言いようかありません。だって、そうでしょう?


「な、何で全部同じ場所なんだよ」

「まさか同じことを考えていたなんて……」


 私と栄吾君が考えたデートプランが、時間や場所など、全くと言っていいほどに同じだったのですから。

 私たちの仕事柄、多少考えが似るということはあると思います。ですが “気が合う” どころの話ではありません。以心伝心、もしかしたらそれ以上です。


「まぁ、無駄な争いがなくなったな」

「そうですね。一緒にに楽しみましょう!」


 上機嫌だった私は、栄吾君の手を取って歩きだしました。私が手を握った瞬間栄吾君が動揺したようですが、一体どうしたというのでしょう。

 思いつくことといえばただ一つ、手を繋いだことなのですが──あれ? よく考えれば手を繋いだのってこれが初めてでは?


 大胆なことをした自分が恥ずかしくなって顔が熱くなりますが、覆水盆に返らずです。やってしまったことを取り消すことなどできません。

 だから私は振り返って、栄吾君の目を見つめて微笑みました。


 確かに恥ずかしいですが、嬉しかったのも事実ですから。ずっと憧れていた、普通のカップルらしいことができたのですから。

 ですが……油断、していました。

 休日の電車の中がこれほどまでに混んでいるとは思いもしませんでした。座れないことは覚悟していましたが、まさか栄吾君に密着することになってしまうとは……っ。


「芽衣、苦しくないか?」


 栄吾君が心配そうにそう尋ねてくれました。

 ですが別に息苦しくなんてありませんし、栄吾君の匂いがするので栄吾君に包まれている感じがしてむしろ……ッ!?

 今、私は何を考えていました!?

 恥ずかしくて顔を見られたくなくて、栄吾君の胸に顔を押し付けると、明らかに通常より速い鼓動が伝わってきました。


「栄吾君、ドキドキしてますね」


 そう呟いてから栄吾君の反応を見てみると、すごくバツの悪そうな表情をしていました。

 まさか、えっちなことを考えていた……とか?

 いえ! 栄吾君に限ってそんなことは有り得ません! 栄吾君に失礼です。


「そう言う芽衣は違うのか?」


 漸く栄吾君が絞り出したその声に、彼も緊張していただけだと思い至りました。人のことを言える立場ではありませんが、栄吾君は結構初心ですね。

 ですが──


「それ、ずるいです」

「えぇ…………?」

「私だってドキドキしてます。栄吾君といる時はいつだって」


 栄吾君が緊張しているのに私が緊張していないわけがないでしょう。じー……っと睨み続けていると、突然視線を逸らされました。これがにらめっこなら私の勝ちですね。

 暫く笑い続けていると、突然『電車が揺れます。ご注意下さい』という車内アナウンスが流れました。

 次の瞬間……


 ガタンッ


「うわ……」

「きゃっ」


 突然の揺れに反応できず、よろけてしまいました。栄吾君が支えてくれたので何とか転ばずに済みましたが、先程よりも密着しているこの状況は如何なものかと。


「…………」

「〜っ!?」


 恥ずかしいです、恥ずかしいのです! 大事なことなので二度言いました。だって……

 栄吾君、何も言いませんけど気づいてないのでしょうか。確かに真白様に比べれば小さいですけれど……真白様に比べればです。一応私もんですよ?


「あのっ……その、ごめんなさいっ」


 気づけばそんなことを口にしていました。何故でしょう、栄吾君に気づいて欲しかったのかもしれませんね。

 栄吾君の反応は次のようなものでした。


「なナナ、何のことだ!? 何も当たっていないですけど?」

「栄吾君、私まだ何も言っていないのですけど」


 語るに落ちるとはこのことです。栄吾君、こういう引っ掛けに耐性なかったんですか。ちょっと意外でした。

 少し調子に乗りすぎてしまったのでしょうか。栄吾君が泣きそうな顔で謝ってきました。さすがに罪悪感が凄いです。申し訳ないです。


「ごめん……」

「あ、謝らないでくださいっ。混んでるので仕方がないです」

「いや、そうは言っても……」

「それに──」


 やっぱり突然のことにテンパっていたのでしょうか。私の口から出たのはこんな言葉でした。


「──栄吾君なら……嫌じゃ、ないので」

「……っ!?」


 照れる二人。結局目的の駅に到着するまで私たちの間に会話はありませんでした。

 本当に、何を言ってしまったのでしょう。まぁ……嘘ではないのですけど。


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 こんな状況のせいでおちおち本も買いに行けません。買いたい本、いっぱいあるんですけどねぇ。

 とりあえず栄吾君と一緒でハプニング耐性ないよって方々は高評価をよろしくです。m(_ _)m

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