第6話-① いつもの距離:西辻栄吾
俺が執事で彼女がメイド。
お互いに人に仕えることを生業としているだけに、デート中でもその癖が抜けることはない。
「……っと。芽衣、線路側じゃなくてこっち歩け」
「ダメです、栄吾君が危なくなってしまいます」
「俺は大丈夫だって」
俺たちは駅のホームで歩く位置について少し揉めていた。
譲り合いの精神と言えば聞こえはいいが、行き過ぎた譲り合いは、どこかですれ違いを生むことになるんだ。
「いいから芽衣がこっち歩けよ」
「むぅ……今日の栄吾君、強引すぎて嫌です」
「んなっ!?」
彼女を危険に晒したくないだけなのに、それのどこが強引だと言うのか。彼女の安全を願うのは彼氏として当然だと思うが、違うのか?
それに──
「いや、いつも我慢させてる気がするから……」
「我慢……ですか?」
「俺がお嬢様と話してる時、羨ましそうな目で見てただろ?」
「き、気づいていたのですか!?」
気づかれていないとでも思っていたのだろうか。先日の図書室の件だって、芽衣が我慢しているのがひしひしと伝わってきて申し訳なくなっていたんだよな。
芽衣は真っ赤な顔で「恥ずかしいです……」と俯いてしまっていた。もう少し芽衣の気持ちに配慮するべきだったか……と思ったら、潤んだ瞳で俺を見上げ、こんなことを言った。
「わ、私だって……」
「ん?」
「いつも苦労している栄吾君に少しでもリラックスして欲しいのです」
「苦労?」
「だって栄吾君、いつもいつも真白様に振り回されているじゃないですか」
「それはまぁ……」
否定、しようと思ってもできないんだよなぁ。
それよりも芽衣がそこまで俺のことを見ていてくれたことが純粋に嬉しい。その気持ちだけで十分だ。
「ありがとう。でもまぁ、今日くらいは芽衣も肩の力抜けばいいよ」
「え?」
「芽衣が喜びそうな所、調べておいたからさ」
そう言うと、芽衣の表情が曇ってしまった。何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。不安が胸を蝕んでいく中、芽衣は申し訳なさそうに言った。
「あの……」
「ん?」
「私も、栄吾君が喜びそうな場所をチェックしてきたのですけど……」
ほらな?
行き過ぎた譲り合いはすれ違いを生じさせるんだ。
「どうしよう」
「どうしましょう」
どうもこうも、こんな状況になってしまった以上お互いが調べてきたデートスポットを明かすしかない。サプライズのつもりが、まさかこんな問題を生んでしまうとは……情報共有の大切さを改めて理解することになった。
「とりあえず、どこに行くつもりだったのか教えあった方がいいかな」
「そ、そうですね」
そしてお互いがスマホにメモしたものを見せる。
その結果──
「「…………」」
──数秒の沈黙が流れた。だが、それで終わりではない。すぐに声を上げて笑った。電車を待っていた人たちが、驚きの視線を向けてくる。
その驚きも分かるが、これに至っては仕方がないだろう。
「な、何で全部同じ場所なんだよ」
「まさか同じことを考えていたなんて……」
だって、俺と芽衣が考えたデートプランが、全くと言っていいほどに同じだったんだから。
仕事柄考えが似るということはあるのだろうが、それにしても “気が合う” どころの話ではない。
「まぁ、無駄な争いがなくなったな」
「そうですね。一緒にに楽しみましょう!」
そう言って笑った芽衣が、俺の手をぎゅっと握ってきた。満開の笑顔が、眩しかった。
そして今は休日の朝、そして快晴……
これだけの好条件が揃っていれば、電車の中がどのような状況なのか大体の推測はつくだろう。
そしてその予想通り、俺たちが乗っている快速電車は超がつくほどの満員だった。それこそ平日朝の通勤・通学ラッシュなんて比じゃないくらいに。
「芽衣、苦しくないか?」
身長差的に俺の胸に顔を押し付ける状態になってしまっている芽衣はきっと辛いだろう。そう思って視線を下げてみたんだが、何故か芽衣は俺の胸に耳を当てていた。
「栄吾君、ドキドキしてますね」
芽衣さんや、これは健全な男子として当然の反応だと思います。というか可愛い彼女と密着状態になってドキドキしない男子がいるのであれば教えて欲しい。
「そう言う芽衣は違うのか?」
「それ、ずるいです」
「えぇ…………?」
「私だってドキドキしてます。栄吾君といる時はいつだって」
完璧なカウンターを喰らってしまった。「確かめてみますか?」と言いたげな視線をこちらに向けてくるが、そんなことできるはずがない。にらめっこに負けて視線を逸らす俺を見て、芽衣がくすくすと控えめに笑った。くそっ……可愛すぎる。
暫くそのままの状態が続き、突然『電車が揺れます。ご注意下さい』という車内アナウンスが流れた。
次の瞬間……
ガタンッ
「うわ……」
「きゃっ」
ふゆんっ
決して大きいとは言えない、それなのに確かな質量を感じる柔らかな感触が俺の鳩尾辺りに押し付けられた。密着した体を通じて、トクン、トクンという芽衣の鼓動が伝わってきた。
「…………」
「〜っ!?」
無言を貫く俺と、声にならない悲鳴をあげる芽衣。おそらく、というか確実に考えていることは同じだろう。……そう、当たっている!
いや待て、落ち着け、俺。こういう時はアレだ。お嬢様に無茶振りされた時のことを思い出すんだ。
「あのっ……その、ごめんなさいっ」
現実に引き戻すんじゃねェェっ!
「なナナ、何のことだ!? 何も当たっていないですけど?」
「栄吾君、私まだ何も言っていないのですけど」
若干温度が下がった芽衣の声が返ってきた。
あ、やらかした。直感でそう悟った。
これで愛する彼女からも変態の烙印を押されるんだな(お嬢様からは既に押されている。非常に不本意ではあるが)。さようなら、俺の青春……。
「ごめん……」
「あ、謝らないでくださいっ。混んでるので仕方がないです」
「いや、そうは言っても……」
「それに──」
続く芽衣の言葉に、俺の思考は乱れに乱れた。芽衣さん芽衣さん、何度も言いますがそういう不意打ちはやめて頂きたい。
「──栄吾君なら……嫌じゃ、ないので」
「……っ!?」
恥ずかしげに俯きながら、それでいて耳に届く確かな声でそう呟いた芽衣。俺の頭の中はめちゃくちゃになった。
その結果、電車が目的の駅に着くまで、俺はひたすらにお嬢様の無茶振りを思い出すことになってしまった。
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栄吾君は紳士です。
俺だって紳士じゃい! という方も、こんな状況紳士でいられるかい! という変態さんも(ごめんね)、早く青春してーよと思った方は高評価よろしくです。m(_ _)m
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