第3話-② 図書室:東坂芽衣
季節は流れ、早くも高校二年の六月となりました。四月からの二ヶ月間で、蒼真様に関するニュースは大きくわけて三つでしょうか。
①中間考査で学年一位獲得
②生徒会長就任
③校則の見直し(服装・頭髪等)
蒼真様の人気を後押ししている要因は、主に三つ目でしょうか。会長に就任してから僅か一週間にして、教師陣も唖然とする程のスピード改革でした。
ところで現在、私は図書委員として与えられた仕事を黙々とこなしています。本来ならば二名で行うはずの仕事なのですが、どうやら相方の男子はサボっているようです。
本は好きです。特に今日のような雨の日は、家で落ち着いて本を読むに限ります。
それを楽しみにしながらかび臭い書庫から本を運び出している最中、図書室に入ってきた如月真白様と目が合ってしまいました。隣に立っている栄吾君からは、しまったという感情が読み取れたので、偶然のことでしょう。
それなのに──
「あら、誰かと思えば蒼真の犬じゃない。こんな所で何を漁っているのかしら?」
偶然にも関わらず、ケンカを売られました。
いつもならば風のように受け流すことができたのですが、今日の私は相方にサボられたことで気が立っていたのか、つい言い返してしまいました。他家の方と言い争うなど、メイド失格です。
「お言葉ですが、私は与えられた仕事を全うしているだけです。そして私は犬ではありません」
反論されたことに驚いたのか、大きく目を見開く真白様。せっかくの美貌が台無しになっていて、少しだけ溜飲が下がりました。ですがその隣では栄吾君が天を仰いでいました。ごめんなさい、君の仕事を増やしてしまったようです。
「────」
「お嬢様、落ち着いて下さい。図書室です」
「……分かってるわよ。はぁ、東坂さん、今日は栄吾に免じて見逃してあげます」
「…寛大なご処置に感謝を」
先に仕掛けてきたのは貴女の方でしょう。そう言いかけてぐっと飲み込みます。メイドたるもの、多少の理不尽は受け入れて当然なのです。
「栄吾、帰りましょう」
「え、勉強は?」
「また今度でいいでしょう。今日はやる気が失せたのよ」
なるほど、これが栄吾君から聞く“お嬢様の気まぐれ”ですか。栄吾君の苦労がうかがえますね。というか早く帰ってください、時間は有限なのです。
「お荷物、お持ちします」
「ありがとう」
栄吾君がそう言って真白様の鞄を受け取りました。正直言って羨ましい限りです。私だって好きな人にお嬢様扱いされてみたいのです──私だって、女の子なんですよ?そんな思いを込めて栄吾君を見ていると、ちらっと振り返った彼と目が合ってしまいました。気づかれて、ないですよね…………。
栄吾君が去って数十分、漸く仕事が片付きました。司書の先生から労いの言葉を頂き、荷物をまとめて図書室を出たところで、蒼真様がこちらにやって来ました。
「東坂、お疲れ様」
「蒼真様、如何なされましたか?」
「いや、仕事が終わったのなら帰ろうかと」
「そういうことでしたら、是非」
蒼真様から出向かれることは滅多にないので驚いてしまいました。勿論、驚きを表情に出すなどという真似はしませんが。
図書室にいた何名かの女子生徒から羨望の眼差しを向けらましたが、そんなの知ったことではありません。彼女たちを無視して図書室を出たところで、蒼真様にこう尋ねられました。
「随分時間がかかっていたようだけど、何かあったのか?」
「当番の生徒がもう一名いたはずなのですが、どうやらサボり──いえ、何でもありません」
正直に答えかけて、失言だったと後悔しました。
蒼真様は目をスっと細め、幾らかトーンの下がった声で小さく呟きました。私でさえも思わずゾッとする声で。
「サボり、か。東坂、その生徒の名前は?」
主の質問、答えないという選択肢はありません。
「……池田匠様です」
「池田匠…隣のクラスだったね。東坂、明日の放課後彼を校舎裏に呼び出せるかい?」
「ご命令とあらば、すぐにでも」
蒼真様は不真面目を良しとしません。故に、そのような人物を見かけた、もしくは聞いた場合、社会的な制裁を加えます。やりすぎでは、以前蒼真様の目の前でそのような失言をしてしまいました。それに対し、蒼真様はこうお答えになりました。
「何故手を抜く必要がある?彼のせいで僕らの時間が削られているんだ、当然の報いだろう」
無茶苦茶だ、そう思われるかもしれません。ですが権力者の主張は絶対的な正論となるのです。特に、学校などという閉鎖的な空間の中では。
そしてこれこそが蒼真様を頂点とするこの高校の制度なのです。
しかし、そんな蒼真様にも思い通りにならないことはあります。
「そういえば、さっき真白に会ったよ」
「私もお会いしました」
「彼女だけは読めないんだよね……」
生徒会長である蒼真様に反論できる唯一の人物、それが副会長の如月真白様なのです。彼女だけは読めない、そう言って蒼真様は面白そうに笑いました。口ではそう言いつつ、内心で真白様のことを認めている何よりの証拠です。
そんな光景をこれまでに何度も見てきました。そしてその度に思うのです。
お二人が協力してくれれば何事も上手くいくはずだ。
いっそお二人が付き合ってしまえば私たちも楽になれるのに、と。
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