第3話-① 図書室:西辻栄吾

 さて、自己紹介も終わったところで本題に入ろうか。今は六月十日、つまり高校二年生になって二ヶ月が経過したことになる。この二ヶ月、特に何も起きなかった──わけがない。


 ①如月真白ファンクラブ設立 俺から言いたいことはただ一つだ。いい夢見ろよ。

 ②お嬢様、生徒会副会長に就任 会長が蒼真様なだけにお嬢様の機嫌は悪すぎる。

 ③お嬢様、中間テストで学年二位 一位は安定の蒼真様。お嬢様の機嫌は以下略。


 つまり、お嬢様は何をするにも二番手って訳だ。こんなこと本人の前では口が裂けても言えない。まぁ隣に立っているんだけど。


「栄吾、図書室に行きましょう」

「珍しいですね」

「何よ。勉強するくらい構わないでしょう」


 はっきりとは言わないけれど、蒼真様に負けたのがよっぽど悔しかったんだろうなぁ。お嬢様が勉強するのはテスト前だけだったはずなのに。これを機に「課題をやれ」なんて命令がなくなるといいんだけど。

 そんなことを考えながら図書室の扉を開けて、やらかした、と後悔した。

 何故いちばん重要なことを忘れていたのか。そう、東坂芽衣が図書委員会に所属しているということを。


「あら、誰かと思えば蒼真の犬じゃない。こんな所で何を漁っているのかしら?」


 お嬢様、ここぞとばかりにマウントを取らないでください。付き合っているから分かるんですよ、芽衣が微かに(他の人には分からない程度だが)眉を寄せたのが。


「お言葉ですが、私は与えられた仕事を全うしているだけです。そして私は犬ではありません」


 そして芽衣、何故言い返すんだ。

 言い返してから俺に助けを求める視線を送ってくるぐらいなら最初から言い返すなよ……。

 俺は天を仰ぐしかなかった。お嬢様が何か言い出す前に止めなければ。


「────」

「お嬢様、落ち着いて下さい。図書室ですよ」

「……分かってるわよ。はぁ、東坂さん、今日は栄吾に免じて見逃してあげます」

「…寛大なご処置に感謝を」

「栄吾、帰りましょう」

「え、勉強は?」

「また今度でいいでしょう。今日はやる気が失せたのよ」


 はい出たよ、いつもの“お嬢様の気まぐれ”。まぁ今回は誰にも実害がないからいいとするか。


「お荷物、お持ちします」

「ありがとう」


 俺はそう言ってお嬢様の鞄を受け取った──のだが、何故か芽衣の視線が刺さる刺さる。ちらっと横目で確認すると、羨ましそうな視線を向けられていることが分かった。何が言いたいのかは聞くまでもない。後でちゃんと話をしようと、誰にも知られないようにそう思った。


 そして図書室を出て、一人の男子生徒と会った。速水蒼真様だ。神様、もしこれ以上続くなら恨むぞ。


「西辻君、ちょうど良かったよ」

「何でしょう」


 お嬢様がこの場にいないかのように振る舞う蒼真様。それもそのはず、二人の身長差がそうさせているのだから。

 お嬢様の身長は146cm、同年代の女子と比較しても低いくらいだ。そのくせ胸だけは──いや、これ以上は触れてはいけない。

 対して蒼真様の身長は確か185cm、モデル並みの高身長だ。

 ちなみに俺の身長は178cm。だから蒼真様と俺が話す時は必然的にお嬢様の顔が見れなくなってしまうんだ。


「──と、ちょっと!」


 お嬢様が必死に叫んだことで、漸く蒼真様もお嬢様に気づいた(振りをした)。


「何だ真白か。気が付かなかったよ」

「煩いわね。私の下僕に何の用かしら?」


 お嬢様、俺の事そんな風に思ってたんスか。あながち間違ってないにしても、もう執事辞めてやろうかな。

 まぁそれはともかく、蒼真様は俺に用があるらしい。


「失礼しました。俺が何か?」

「あぁ、真白と違って話が早くて助かるよ──」


 蒼真様、お気持ちは分かりますがそれ以上お嬢様を煽るのはやめて頂けますか。名前とは対照的に、お嬢様の顔が真っ赤に染まっていますので。


「──東坂を見なかったかい?」

「東坂なら図書室にいましたけど、仕事中のようでした」

「そうか、ありがとう」

「いえ、この程度」


 そして蒼真様はお嬢様を煽るだけ煽ってから立ち去って行った。あの方向は図書室だな。

 というかそれよりも、お嬢様を宥める方が骨が折れそうだな。


「お、お嬢様」

「…………帰るわよ」

「承知致しました」


 それでも、お嬢様も蒼真様もお互いのことは認めてるんだよな。お互いを呼び捨てにしあっているのがその証拠。この学校でお二人を呼び捨てにしているのはその当人くらいなんだから。

 いっそのことくっついてくれれば話は早いのに。ほんっとにめんどくさい。

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