第4話-① 西辻栄吾と東坂芽衣①

 迎えの車の中で蒼真様に対する愚痴を聞かされること数分、お嬢様と俺は帰宅した。『家』と呼んではいるが、その正体は如月本家が所有する別荘である。お嬢様が高校生になると同時、本家から貸し出された。故に仮ではあるがこの家の所有者はお嬢様という訳。ちなみに俺は問答無用でお嬢様の所有物だ。専属だから当然といえば当然。

 本家に戻る車を見送ってから中に入ると、既にお嬢様は着替え終わっていた。床には脱ぎっぱなしの制服が散らかっている。


「栄吾」

「承知しました」


 全て言われなくてもこのくらいのことは理解できる。専属執事たるもの、主の意図を理解する程度できて当然だ。当然なんだが──脱いだ服の始末くらい自分でやって欲しい、というのが本音だ。だって思い出して欲しい。俺は男子、お嬢様は女子。普通異性に脱いだ服の片付けをさせるか?それほどまでに信用されているのか、それともただ単に異性として見られていないだけなのか……いずれにしろ俺がやることは変わらない。

 お嬢様は部屋にこもってしまった。蒼真様の対応がよっぱど悔しかったんだろうか、こうなってしまっては夕飯の時間まで出てくることはまず有り得ない。

 それを知っている俺は、片付けや掃除をした後、スマホを取り出してとある人物にメールを送る。程なくして『移動するので暫く待って貰えますか?すぐ折り返します』と返信があった。

 その宣言通り、ちょうど一分後に電話がかかってきた。


「もしもし、栄吾君ですか?」

「俺のスマホなんだからそうだろうな」

「そ、そういう意味では……!」

「分かってるよ。さっきぶりだね、芽衣」

「はい!」


 もう分かっているとは思うが、電話の相手は俺の彼女である東坂芽衣だった。


「それで……栄吾君から連絡なんて珍しいですね」

「ん、さっきの芽衣の反応が気になったんだ」

「あ、あれは……」

「もしかして、怒ってる?」

「………………はい?」


 忘れていたとはいえ、俺がお嬢様と芽衣を会わせてしまったことは紛れもない事実。芽衣の機嫌を損ねてしまったとしても仕方がない。だが、芽衣からは困惑したような呆れたような、どちらとも取れない返事が返ってきた。顔が見れない分、こういう反応をされると非常に不安になってしまうのはどうしようもないだろう。


「いや、俺が不用意にお嬢様を図書室に連れていったのは悪かったし……ごめん」

「別に怒ってはいませんけど……?」

「へ?」


 今度は俺の口からそんな間抜けな声が飛び出る番だった。電話の向こうから芽衣のくすっと笑ったような音が聞こえた後、穏やかな声で芽衣はこう言ってくれた。


「確かに真白様がいらしたことには驚きましたけど、栄吾君にも会えたので私はそれでいいのです」

「そ、そっか……」


 俺に会えたからそれでいい、そんな言葉を(電話だから当然だが)耳もとで囁かれ、顔が一気に熱くなるのが分かった。一体芽衣はどんな顔で話しているんだ?

 暫く何も言えずに固まっていると、芽衣が少し心配そうに名前を呼んできた。


「……栄吾君?」

「ん、あぁごめん、大丈夫。どうした?」

「いえ。その…蒼真様と真白様の件なんですが」

「……お二人が鉢合わせになったのは俺の責任だ、すまん」


 てっきり責められるのかと思って何よりも先に謝ると、今度こそ呆れ十割のため息が聞こえてきた。


「はぁ……。栄吾君は私のことを何だと思っているのですか?」

「……え?」

「私が栄吾君に憤りを覚えるなんてこと、あるはずがないでしょう?君が信用に足る人物だと理解しているから付き合っているんですよ?」


 どうも芽衣は電話だと大胆になる癖があるようだ。普段面と向かっている時はこんなことは絶対に言ってこない。


「私は謝罪の言葉よりもアドバイスの方が欲しいのですが」

「……アドバイス?」

「お忘れですか?私たちが当主様から与えられた使命のことを」


 そう告げられて思い出す。いや、忘れていた訳ではないのだが、到底不可能なように思えてしまい半ば意識の外に置かれていたのだ。

 その使命とは──


「大丈夫、忘れてないよ。お嬢様と」

「えぇ。蒼真様の仲を、交際まで発展させる」


 ──如月真白様と速水蒼真様、お互いの主人の仲を取り持つこと。

 これが俺たちに課せられた最大にして最優先の使命。

 両家の当主は密かに共同経営を目論んでいる。だが、経営陣は確実に反対するだろう。そのような反対勢力を黙らせるためには、お二人が付き合っているという既成事実を作ることが重要になる。

 しかし、ここ数年のお二人を見ていると、どう転んでも不可能にしか思えてこないんだから……俺たちの苦労は尋常じゃない。


 はぁ……俺たちにできるのか?

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