第33話  鳥戸野 (とりべの) ~終~


 どれくらい時間がたったのであろうか。鳥戸野陵とりべののみささぎは茜色の空に包まれていた。陵墓に献じられた草子は、夕まぐれの風に一枚、また一枚とさらわれていった。いつからか眠っていた清少納言を、ねぐらへ帰るからすの鳴き声が起こして去った。

 少し冷たくなった衣の砂を払うと、清少納言は誰もいない御陵に再び語りかけた。



「中宮様、この私ごときの草子にいくら残そうとも、貴方様の在りし日のお姿に及ぶものではございません。それでもなお、喪失感とたたかいながら終わりまで綴ることができましたのは、私のささやかな野心とでも申しましょうか。貴方様のことを知るお方がこの世に誰もいなくなり、貴方様のお話を語り継ぐ者が絶えましたとしても、この草子がもしや時を超えた玉手箱のように千年後も誰かに開かれる日があるかもしれない、という・・・」



                            終




※藤原定子 長保二年(西暦1000年)十二月十六日崩御

享年二十四歳



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千年草子 遠藤成美 @1203naruming

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