第28話 今内裏 (いまだいり) ~変わらぬ絆~
その年の十一月ついたち、道長様は御娘の
年が明け二月の中旬、再び主上様と中宮様、
今内裏へお供をした私たちが落ち着いたころ、その頃合いを図ったように
二月の末で風がひどく吹いて空は暗く、雪がちらついている日のことです。差出人は
すこし春ある心ちこそすれ
とのみ書かれています。本当に今日の空模様とぴったりの句ですが、上の句をどのようにつければよいかと思案いたします。使いの
「どなたたちが居るの」
と名を聞くと、余計に気後れを感じてしまう方々でした。中宮様は主上様がおいでになって
冬ながら 空より花の散りくるは 雲のあなたは春にやあるらむ
これは使えそうだと思い、上の句を、
空寒み花にまがえて散る雪に
として、お返事いたしました。この時ばかりは歌詠みの先祖に救われました。
後日、
「
経房君は俊賢様の弟君で、そのころ左中将におなりになっていらっしゃったのでした。
宮中にいると、先祖の高名によるこのような重圧はいつものことでした。
職の御曹司にいた頃の五月、宰相の君など四人の女房で、賀茂へほととぎすの声をさがしに行ったときのことです。やかましいほどのほととぎすの声を聞きながら、ついに歌を詠まずじまいで中宮様のご不興をかったことがありました。歌を詠むよりも
と笑われしまう始末。上の句として、
公郭たづねて聞きし声よりも
とお答えすれば、
「まともな歌も詠みなさい」
と仰せになります。
「歌はいっさい詠みたくないと思っているのでございます。もし何かの折など人が歌を詠みそうなときにも『詠め』と仰せになりますならば、おそばに伺候することができそうにない気持ちがいたします。歌詠みの子孫が下手な歌を詠みますのは亡き人のために気の毒でございます」
私がまじめに申し上げるとお笑いあそばしておっしゃいました。
「それならば、あなたの心にまかせるわ。もう私は詠めとはいわないから」
「とても気持ちが楽になりました。今はもう歌のことは考えません」
「どうして歌を詠まないでいるのか。歌題をとりなさい」
私は、中宮様にお許しを得ていることを申しあげ、きっぱりと詠まないでいるのでした。すると、中宮様が皆が歌を出し終わった頃にお手紙を書いて私に下げ渡しになりました。
元輔がのちといはるる君しもや 今宵の歌に はづれてはをる
それを見て、私がひどく笑うので伊周様も「何だ何だ」と仰ってのぞき込まれます。
その人の のちといはれぬ身なりせば 今宵の歌は まづぞよままし
(もし、その人の子孫と言われなければ、今宵の歌は真っ先にお詠みいたしますのに)と書いて、返歌申し上げたのでした。本当に私は人に褒められそうな歌を残せそうにありません。ですが、中宮様とのおもしろい贈答歌がたくさんございました。いつも心の先回りをして来られるのは、中宮様の方でした。歌集などに残せなくても、草子に書き残しましょう。そして、歌にできないこの美しい五月を。
五月のころ山里を歩くのはたいへんおもしろい。
沢の水がかくれるほどに草が低く茂っているところを徒歩で行くと、澄んだ水がほとばしりをあげている。車にのると、蓬が車輪に押しひしがれて巻きついたのが、上に回ってくる時に香りが漂ってくる。
京へお戻りになり、敦康宮様をお抱きになっている伊周様のお若く美しいお姿をお見上げしていると、様々なできごとがうそのように思えてくるのでした。
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