第28話  今内裏 (いまだいり) ~変わらぬ絆~


 その年の十一月ついたち、道長様は御娘の彰子しょうし様を入内させたのでした。中宮様が七日、安らかに男御子をお産みあそばすと、同日彰子様を女御にょうごにするという宣旨が下りました。道長様が強引に主上うえ様をご説得なさったものに他なりません。ここでようやく私は、はっきりと道長様の中宮様への敵意を感じ取りました。ですが、いつも中宮様をお見上げしている私の目には、道長様の敵意すら滑稽なものにしか映らなかったのです。

 御代みよにとっても初めての皇子みこ敦康あつやす様と名づけられました。主上様はたいそうお喜びになり、早速母子を内裏へお招きになりました。この内裏は火災のあとの仮のお住まいで、今内裏いまだいりと呼ばれておりました。

 年が明け二月の中旬、再び主上様と中宮様、皇女ひめみこ脩子しゅうし様、お生まれになった敦康様とのご対面は晴れやかな一方でせつなくもございました。この頃、彰子様の中宮ご立后の準備が進められていたのです。そのため中宮様は押し出される格好で皇后の身分へとご昇格なさいました。中宮様(私が中宮様と申し上げるのは中宮定子様ただお一人でございます)と主上様におかれては、類なくお美しい皇子と皇女をご覧になるにつけ、お二人の将来を思わずにいられないご様子でした。中宮様は、後見人もない名ばかりの皇后であることに肩身を狭くお感じになり、この度も決してご自分から進んでの入内じゅだいではございませんでした。すでに、彰子様の立后の噂や、賑々しい準備の話でもちきりのところへ、主上様ともひっそりとご面会にならなければならない中宮様のお立場なのでした。けれども、主上様は決して中宮様をお一人で戦わせようとはなさいませんでした。本当は主上様も宮中でご自分の意のままにならないあれやこれやをお悩みだったのかも知れません。中宮様は何もおっしゃいませんので、そのようなことは私の憶測にすぎないのですが、ただ私にわかるのは中宮様が主上様を心からお信じあそばしているということでした。

 今内裏へお供をした私たちが落ち着いたころ、その頃合いを図ったように殿上人てんじょうびとから手紙がまいりました。

 二月の末で風がひどく吹いて空は暗く、雪がちらついている日のことです。差出人は藤原公任ふじわらのきんとう様でございました。和歌においては当代一の詠み手とされ、漢詩や管弦にも秀でていらっしゃるお方です。恐る恐る開けてみると懐紙にただ、


 すこし春ある心ちこそすれ


とのみ書かれています。本当に今日の空模様とぴったりの句ですが、上の句をどのようにつければよいかと思案いたします。使いの主殿司とのもづかさに、

「どなたたちが居るの」

 と名を聞くと、余計に気後れを感じてしまう方々でした。中宮様は主上様がおいでになって御寝ぎょしんあそばしているので、ご相談するわけにもまいりません。公任様やご同席の方々は、私がその道の人の子だというのでお試しになるのでしょう。即座に返歌しなければ、拙さがなおさら目立つことでしょう。その時、私の頭の中に、ふと曾祖父の和歌が浮かんできました。

 冬ながら 空より花の散りくるは 雲のあなたは春にやあるらむ

これは使えそうだと思い、上の句を、


 空寒み花にまがえて散る雪に


 として、お返事いたしました。この時ばかりは歌詠みの先祖に救われました。

 後日、経房君つねふさぎみが局へお見えになりました。

俊賢としかたの中将などが『やはり内侍ないしにしなくては』とおっしゃっていましたよ」

 経房君は俊賢様の弟君で、そのころ左中将におなりになっていらっしゃったのでした。

 宮中にいると、先祖の高名によるこのような重圧はいつものことでした。

 職の御曹司にいた頃の五月、宰相の君など四人の女房で、賀茂へほととぎすの声をさがしに行ったときのことです。やかましいほどのほととぎすの声を聞きながら、ついに歌を詠まずじまいで中宮様のご不興をかったことがありました。歌を詠むよりも明順あきのぶ様のおやしきで田舎料理をごちそうになったり、卯の花を手折って車に隙間なく差したりして騒ぐことに気をとられ、中宮様には、


 下蕨したわらびこそ 恋しかりけれ


 と笑われしまう始末。上の句として、


 公郭たづねて聞きし声よりも


 とお答えすれば、

「まともな歌も詠みなさい」

 と仰せになります。

「歌はいっさい詠みたくないと思っているのでございます。もし何かの折など人が歌を詠みそうなときにも『詠め』と仰せになりますならば、おそばに伺候することができそうにない気持ちがいたします。歌詠みの子孫が下手な歌を詠みますのは亡き人のために気の毒でございます」

 私がまじめに申し上げるとお笑いあそばしておっしゃいました。

「それならば、あなたの心にまかせるわ。もう私は詠めとはいわないから」

「とても気持ちが楽になりました。今はもう歌のことは考えません」

 庚申こうしんの夜は一晩中起きていなくてはならないので、いつものように歌会が始まりました。皆が歌をひねり出しているときに、私は中宮様のおそばでただお話だけしているのを伊周様がご覧になって妙だとお思いでした。

「どうして歌を詠まないでいるのか。歌題をとりなさい」

 私は、中宮様にお許しを得ていることを申しあげ、きっぱりと詠まないでいるのでした。すると、中宮様が皆が歌を出し終わった頃にお手紙を書いて私に下げ渡しになりました。


 元輔がのちといはるる君しもや 今宵の歌に はづれてはをる


 それを見て、私がひどく笑うので伊周様も「何だ何だ」と仰ってのぞき込まれます。


 その人の のちといはれぬ身なりせば 今宵の歌は まづぞよままし


(もし、その人の子孫と言われなければ、今宵の歌は真っ先にお詠みいたしますのに)と書いて、返歌申し上げたのでした。本当に私は人に褒められそうな歌を残せそうにありません。ですが、中宮様とのおもしろい贈答歌がたくさんございました。いつも心の先回りをして来られるのは、中宮様の方でした。歌集などに残せなくても、草子に書き残しましょう。そして、歌にできないこの美しい五月を。


 五月のころ山里を歩くのはたいへんおもしろい。

 沢の水がかくれるほどに草が低く茂っているところを徒歩で行くと、澄んだ水がほとばしりをあげている。車にのると、蓬が車輪に押しひしがれて巻きついたのが、上に回ってくる時に香りが漂ってくる。


 京へお戻りになり、敦康宮様をお抱きになっている伊周様のお若く美しいお姿をお見上げしていると、様々なできごとがうそのように思えてくるのでした。

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