第27話  生昌邸 (なりまさてい) ~逆境の中で~


 八月九日、中宮様はご出産の準備のために貴族の邸宅へお下がりあそばされました。誰もが道長様を憚って迎え入れを辞退してくる中、中宮職三等官の大進である平生昌たいらのなりまさが中宮様のお世話をし申し上げることになったのでした。 中宮様の生昌邸への行啓は、ひどくお寂しいものとなりました。なぜなら、よりによってその日道長様が、宇治の別邸へたくさんの貴族を招いて宴を催されたからです。それで、中宮様のお世話をするべき者たちもすべて道長様のお顔色を窺うようにお供して行ったのでした。出立しゅったつの時刻が迫っても公卿は誰一人現れず、行成様だけが親身に事務や雑事をこなしてくれておりました。

 行成様は中宮様のお人柄を愛していらっしゃいました。中宮様は、五月の「この君」の出来事を翌朝殿上人てんじょうびとからお聞きになると、さっそく私をお召しになりました。

「そんなことがあったのか」

 私は首をかしげて申しあげました。

「なんとも思わないで口に出したのをとうべん行成様がそんなふうに大げさに受け取ったのでしょう」

「たとえそうだとしても」

 嬉しそうににっこりとしておいででした。中宮様はお仕えする女房のだれの事をでも殿上人が褒めたとお聞きになると、その人のことをお喜びあそばしました。「そのような中宮のお人柄が好きだ」と行成様は仰いました。斉信ただのぶ様も、以前同じことを仰っていました。斉信様の中宮様へのお気持ちは、それ以上だったのを私は知っています。なのに、その日斉信様のお心はどこにあったのでしょうか。お身体は道長様とともに宇治へ向かっていらっしゃいました。斉信様は、伊周これちか様が播磨はりま、隆家様が但馬たじまへの配流と決められたすぐ後に、道長様から参議に任命され宰相の中将におなりになりました。

 従兄弟だからというだけでなく、『ひとかどの人物』と道長様がとりたてあそばされたのでしょう。それでも中宮様の行啓の日は、と思っていた私は、斉信様のつれなさをお恨みいたしました。ですが一方で、斉信様のおつらいお気持ちもわかるような気がしたのです。ご昇進なさって以来、こちらの後宮へはあまりお顔をお見せにならなくなってしまいました。中宮様にお近づきになりにくいように見受けられました。

 宰相の中将になられる一年前の七月のこと。私は久しぶりに殿上の間でお会いした斉信様に声をかけました。

「あしたはどのような詩をお詠みになるのですか」

 斉信様は即座にお答えになりました。

「人間の四月を」

 実は同じ年の三月の終わりにこのようなことがありました。細殿で殿上人が伺候していた時に、「夜も明けたので帰ろう」と斉信様が仰って「露は別れの涙なるべし」を吟じ出されたのですが、これは七夕の歌。二つの星の別れのことです。私は扇を顔にかざしたまま小声で言いました。

「気の早い七夕ですね」

「まったく、油断のならないお人だなあ。暁の別れといった趣がふと頭に浮かんでつい口誦さんでしまったのだよ。この辺りでは、気を緩めると恥をかくことだ」

斉信様はひどく悔しがってお逃げになってしまったのです。

 あれから七夕の前の日にまたお会いできないものかと思っていると、ちょうど参上なさったのでした。少し距離を感じつつあった斉信様との久しぶりのやりとりでした。三月の時も一緒にいらっしゃった宣方のぶかた君は、なんのことかさっぱりおわかりにならないようですが、斉信様は政の要の地位にいらっしゃっても、人の心の機微をお忘れになってはいなかったのです。あれから参議におなりになって三年の年月の間に、斉信様はお変わりになったでしょうか。私はそんなことはないと信じたいのです。草子に政のことなど書けば興ざめとなるばかりでございましょう。人の言動とは、人の心を表すものです。私は、自分が見たり聞いたりしたことを、単純な心のままに草子へ書き写しました。後に同じく参議へとご出世あそばした行成様のことも…。

 どんなに惨めな状況にあってもその中で笑いを見つけ出せるのは私の唯一の特技だといえるかもしれません。

 中宮様ほどのご身分の方が、輿を乗り入れるための四つ足門さえ慌てて備えなければならないような中級官職の邸にお入りになるなど前代未聞のことでした。生昌の邸は東の門を四つ足の門に改造され、そこから中宮様は御輿でお入りあそばしました。女房の車は北の門から入りましたが、こちらは門が小さすぎて車ごと入ることができないのでした。車を建物に寄せて降りられるものと思っていたのに、筵道えんどうを歩かなけらばならず、殿上人ならぬ地下人までもこちらを見ているのはいまいましい限りです。髪の手入れなどもおざなりにしてきた人は、まして憎らしく思うのでした。

 中宮様の御前に参上して早速そのことを申しあげると、お笑いになりながらおっしゃいました。

「いくら気のおけない生昌の邸だからといって、見る人がいないわけはないであろうに。どうしてまた、そんなに気を許していたのかしら」

 ここにも不遇をお笑いになる方がいらっしゃったのでした。私はほっとして続けました。

「けれどもあの人たちはどうせ見慣れた間柄ですから、私たちが念入りに化粧をしたりすればかえって驚くくらいのものでしょう。それにしても、中は広々としているくせに、車の入らない門なんてあっていいものでしょうか。顔を見せたら笑ってやりましょう」

 その折も折、生昌が中宮様にご使用の硯を持って現れたのでした。

「ああ、よくないお方がいらっしゃいました。あなたは、どうして門を狭くしてお住まいになっていらっしゃるのですか」

 生昌は澄ました顔で答えました。

「身分に合わせているのです」

「けれども、門だけを立派につくるという人もいたではありませんか」

「これは、これは。あなたの仰るのは、宇定国の故事のことですね。私がその道を聞きかじっていなければ、どうしてわかることができましょう」

「その道というのもひどいようですよ。筵道はでこぼこで、みな足をとられて大騒ぎしたことでしたよ」

「雨が降りましたからでございましょう。ああ、もうこれ以上せめたてられてはかないません。下がりましょう」

 御簾みすぎわでこうした会話をして戻りました。

「何を言ったの。生昌がひどく恐れ入っていたようだけど」

 中宮様は、おたずねになります。

「いいえ、別に。車の入らなかったことを申しただけです」

 と、お答えしました。

 その夜は疲れ果て、若い女房たちといっしょに局で寝ておりました。部屋の隔てのふすまも無かったのですが気にもとめておりませんでした。すると、自分の邸だけに勝手を知っている生昌はそこを開けて私を呼ぶのでした。私は妙なしゃがれた声に目を覚ましました。

「そちらにうかがってもよろしいでしょうか」

 と、くり返すではありませんか。普段はこのような色めいたことなど一切しない人が、中宮様がわが邸にいらっしゃるということで、大胆な気持ちを起こしているのだろうかと思うとおかしくてたまりません。私はそばに寝ている若い女房を揺り起こしました。

「ご覧なさい、あれを。見慣れない者がこちらを窺っているわよ」

 若い女房も身を起こしてそちらを見るや、けたたましく笑うのでした。

「いったい、誰。あやしいわ」

 私が不審者と決めつけると、

「いえ、不行き届きがないかと、この家の主がお局の主であるあなた様にご相談に参ったのでございます」

 と答えます。

「先ほどは、門のことについては申しあげましたが、襖をおあけくださいとは申しませんでしたよ」

「い、いえ、そのこともお話したいことがございます。そちらに伺ってもよろしいでしょうか」

 今度は、そばの女房が答えました。

「私たちは、みっともない恰好をしておりますのに、お入れできるわけがないではありませんか」

「なるほど、お若い方々がいらっしゃったのですね」

 生昌が去ると、一斉に大笑いとなりました。

「襖を開けるくらいの勢いがあるならまっすぐ入って来ればいいのに、『入っていいですか』なんて挨拶されて、『さあ、どうぞ』などとこんな時間に言えるものですか」

 私が言うと、また皆笑うのでした。

 翌朝、中宮様に昨夜の訪問のことを申しあげると、こう仰いました。

「まあ、好色な事など一向に聞かない人がそんなことをするなんて、よほど昨日のあなたの名言に感心したのでしょう。それにしても、生真面目なあの男にさんざんばつの悪い思いをさせるなんて、かわいそうなことをしたのね」

 お笑いになりながらも、生昌を気遣われるのでした。

 生昌があれこれ世話をするにつけ、変で野暮ったいことを言うので私たちがいつも笑うと中宮様は、

「やはり、普通の人みたいに生昌をあんまりからかったりしないでちょうだい。真面目ひとすじの人なのだから。気の毒に思えるわ」

 と、女房をたしなめられるのも、ほほえましくお見上げいたしました。

 中宮様のお側で用事をしているときに、取次の女房が参りました。

「大進生昌様が、清少納言様に申しあげたいことがあると言って、お見えになっています」

 中宮様はおやさしく、

「またどのようなことを言って笑われようというのだろうか」

 と仰って、私にともかく行ってみるようお許しくださいました。私は用事を中断して御簾ぎわまで出ていきました。

「あの門の一件を兄の中納言に話しましたら、たいそう感心されて『なんとかして適当な機会を見つけ、お会いしてお話がしたいものだ』と申されました」

「そうですか」

 私は、昨夜のことを何か言うのだろうかとちょっとどきどきしましたが、それ以上別に何も言わず「そのうち、また」などと言って立ち去りました。

「それで、いったい何の話だったの」

 御前に戻ると、中宮様がお聞きあそばしました。そのまま生昌の言ったことを申しあげて居合わせた女房たちと、

「別に今でなくてもねえ。局にいるときとか、偶然会ったときについでとして話せばいいようなことなのに」

 と笑います。その時、中宮様はさりげなくおっしゃいました。

「自分の尊敬する兄があなたをほめているのを、あなたもうれしいだろうと思う気持ちがそうさせるのよ」

 中宮様は、いつでも人の良いところを見ておいででした。なるほど、人は見方によるものだと私は教えられました。中宮様のご性格のやさしさは、強さでもあり弱さでもありました。強さと弱さを、気高く美しく持つことのできるお方でございました。私の生涯で知るたった一人の。

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