第18話  吉野川 ~則光との別れ~


 則光のりみつ斉信ただのぶ様と比べるのは、則光には気の毒というものでしょうが、本当になぜ則光には風流心のかけらもないのでしょうか。とはいえ、ひどく実直なところがあるので、斉信様は「あれはあれで、いい男なのだよ」と重宝していらっしゃるようです。私が居所を隠しているのも則光に聞き出そうとなさるようです。

「きのうも、頭中将が『女きょうだいの居所をまさか知らぬはずはあるまい』としつこくおたずねになったので、事実を否定するのがとてもつらいことでした。あやうく、にやにやしてしまいそうだったので、近くに置いてあった妙な海藻をむやみに口にほおばってごまかしたけれど、見た人は何でそんなものを食べるのだろうと変に思ったことでしょう。頭中将は、本当に知らないようだとお思いになったようですよ」

 則光が来て得意気に話します。

「決して申し上げないでくださいよね」

 私はいっそう強く念を押して則光を帰しました。

 それからだいぶ日がたった夜、滝口の武士が則光の手紙の使いで参りました。

「明日、頭中将が物忌みをなさるので、どうしても私にあなたの居所をお聞きになられたいようで、たいへんお責めになります。とてもお隠し通すことができそうにありませんが、いかがいたしましょうか。あなたの言いつけに従いましょう」

と、手紙には書かれています。私は、(あんなに言いつけておいたのに、返事なんか決まってるじゃない)と腹立たしくなって返事も書かず、海藻を少しだけ紙に包んで持って行かせました。

翌々日、則光が来て言うのです。

「先夜は頭中将に無理にたずねられるので、あちこち連れ回し申し上げながら知らないふりをしたけれども、ほんとうにつらかった。あなたはお返事をくださらなくて、海藻の切れ端が包んであったのは、何かの間違いでしょうか」

 いったい、そんな妙なとり違えがあるものでしょうか。まるっきりあの意味がわからなかったのです。私はここで説明するのも気にくわないので、ものも言わず紙の端に則光が大の苦手とする和歌を詠んで差し出しました。


 かづきするあまのすみかはそこなりとゆめいふなとやめを食はせけむ


「若布を食はす」と「目くばせする」など掛けことばやたくさんの修辞を用いたこの歌も則光には通じるはずもありません。

「歌をお詠みになったのですか。決して拝見しますまい」

 と逃げ去ってしまいました。

 則光の鈍さになんだかんだ言いながらも、互いに世話をしたり親しくしたりはしておりましたが、あるとき則光が許せないようなことを口にしましたので、仲違いをしてしまいました。その後しばらく会わないでいると手紙を寄こしてきました。

「たとい、お互いに不都合な事があったとしても、このままずっと兄妹でいよう」

 心では許しながらも、私には則光を言葉で許すことができませんでした。則光は、あまり深く物事を考える性質ではなく、ただ自分の思うようにしか物の在り方を見ることのできない人間でした。それでいて、間違ったことを言っていないような気にさせられるのは則光の正直な人柄のためでしょう。このような性質の男は、女の心など解そうとする気もないので、浅はかな気の回し方をして、かえって女を傷つけもするのです。微妙なところで私たちは相容れない関係となってしまうのでした。

 日頃、則光は口にしていました。

「私を思ってくださる人があったら、その人は歌を私に詠んでくださってはならない。そんな人はすべて仇敵だと思うでしょう。もうこれで最後、このまま絶好してしまおうと思う時にこそ、歌などは詠んでください」

 私は、この言い方は好きでした。こういう則光は好きでした。でも、やはり・・・。


 くづれする いもせの山の中なれば さらに吉野の川とだに見じ


 もういったん崩れてしまった仲をもどすつもりはありません、と歌を送ってしまったのは、則光への甘えだったのかもしれません。

 それから則光は昇任し、遠江の介となって、任地へ行ってしまったので本当にそれきりになってしまいました。今の妻や則長といっしょに。大方あの歌も見てはいないでしょう。

 私が許せなかったのは、花山院びいきの則光が、中宮様のご兄弟の伊周これちか様や隆家様のことを悪く言い放ったことだったのです。

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