第8話  忘れ路(わすれじ)~とある噂~

 中宮様のご兄弟は、伊周これちか様、隆家たかいえ様だけでなく、末の弟君の隆円僧都りゅうえんそうず、後に東宮妃となられ淑景舎しげいさとお呼び申し上げる原子げんし、三の君、末の妹君が北の方貴子きし様からお生まれになっていらっしゃいます。揃ってご器量に秀でていらっしゃいます。関白道隆様が美貌と才気を見初められた貴子様ですので、その血筋をお引きになられて当然のことではございます。貴子様は、当代一といわれる学者のお父君高階成忠たかしななりただ様から漢詩の学問をご修得あそばして、宮廷で「高内侍こうのないし」と呼ばれたお方。このような推測はおそれ多いのですが、中宮様は母君貴子様の才気と父君道隆様のご性格のおおらかさをお持ちになり、二人分のお美しさを与えられておいでのように見受けられました。

 すべての人を包み込みながらも、一の人に第一に愛おしまれるお方。

 中宮様は、御親君の馴れ初めのころ、貴子様が道隆様に贈られた和歌、


忘れじのゆくすゑまではかたければ今日を限りの命ともがな

 

をそらんじなさって、

「これで父上は、母上を北の方にお決めなさったのですって」

と、うれしそうな目をしておっしゃいました。主上様のお心のつぼがどこにあるのかも、母君から受け継がれた本能のようなものでご存知であったのかも知れません。

 実は、高階家には密やかに噂される伝説がございました。かの、風流人で色好みの在原業平と伊勢斎宮との禁じられた恋の果てに生まれた御子が、高階家の先祖であるというのです。

 けれども、中宮様は明るく私に仰せになりました。

「少納言、知っていて。私とあなたとはもとをたどれば天武天皇でつながっているのですって。父上が以前、系図をお見せになって、『清少納言を大事にお扱なさい』と、私に言われたことがあるの」

「大事に」なんて、お聞き違いされたのではないかと思ったものです。あまりに恐れ多くて草子には書けないこともあるものです。

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