第9話  東三条(ひがしさんじょう) ~道隆の機転~


 そのような道隆様のお心の広さは、私が知るところだけではなく周知のことなのでした。

 私の宮仕え前のことですが、夫則光のりみつが話すのを聞いたのです。則光もその場にいたわけではなく、殿上人てんじょうびとがあちらこちらで話していたと。

 道隆様の父君、太政大臣兼家かねいえ様がご存命のころ、六十歳のお祝いをなさったときのお話です。兼家様の東三条邸にたくさんの上達部かんだちめや殿上人をお招きになり宴を主催なさったのは、ご子息の長男道隆様、次男道兼様、三男道長様でいらっしゃいました。このご兄弟は皆、北の方時姫様からお生まれになり、道隆様と道長様の間に主上様の母后詮子せんし様がいらっしゃいます。

 ご兄弟といえども道隆様の弟君道兼様は、兼家様と結託して花山天皇を強引に出家させておしまいになったお方、当然ながら昇任を狙っておいでのはず。道長様は、私の勘とでも申しましょうか、不思議な存在感を漂わすお方で、道隆様が太刀だとすると、道長様は槍のようなお方。多方にすばやく切れるのが太刀だとすると、狙いを定めて深く刺せるのが槍でございます。私の道長様への印象は、後々のご出世に関してみれば的を得ていたといえるかも知れません。それぞれの思惑を内に秘めてのご同席なのです。

 やがて笛の演奏が始まり、装束しょうぞくをお付けになった道兼様のご長男

福足君ふくたりぎみが舞台に上がられました。道兼様はこの日のために福足君に舞を習わせなさったのでした。ですが、この福足君は、たいへんな暴れん坊で、とうとう本番でも結い上げたびんを引きむしり衣裳を引き裂いて「舞なんかするものか」とおっしゃったので、父君の道兼様は面目ないこと限りなく真っ青になって、ただおろおろとなさいました。ご一族も招かれた客も居心地悪く感じているところへ、道隆様がすっと舞台にお上がりになりました。満座の人々が、どうなさるのだろうか、福足君をお叱りになるのかと見守っておりましたら、道隆様はこの甥君を抱いて腰のあたりにお引き寄せになって、福足君を操りながらご自分でお舞いになりました。楽を演奏する者たちも、はっと我に返ってなお一層華やかに音を奏で、素晴らしい座興となったのでした。そうして福足君の落ち度も隠れて道兼様は道隆様に感謝され、兼家様もご満足だったということです。

 夫則光は花山院に仕えておりましたので、道兼様にとっては体裁の悪いこの出来事を、何やら嬉々として語っておりました。

 道隆様は当時三十代半ば。男盛りの美しい叔父君のおどけた仕草と、なされるがままのやんちゃぎみとの共演がおもしろくないことなどありましょうか。私は、則光とは違った意味でその場にいたかったものだと思いました。

 道隆様のこのようなお心のやさしさや洒脱さは、そのまま御家風でもあったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る