第7話  登華殿 (とうかでん) ~くらげの骨~


 女房たちへはいつも細やかな気配りをなさいます中宮様ですが、五節ごせちのように大胆な思い付きで人々を驚かせたりもなさいますので、殿上人たちは今風の後宮と評判をたて、いつも伺候しこうなさっておりました。私は初め、他の女房たちが殿上人や中宮様のお身内の方々とあまりにも気安く話をしているので、顔が赤くなるようでございましたが、それは中宮様が女房たちをのびやかにおさせになっているからなのでした。

 その日もいつものように、お身内の方々や殿上人が登華殿に集まっていらっしゃいました。私はひさしの間の柱に寄りかかって式部のおもとと話をしていますと、中宮様が私に物を投げて寄こされました。それを開いてみると、

「あなたを思うのがよいだろうか、思わないのがよいだろうか。あなたを一番に思わなかったならどうか」

 と、おたずねになっていらっしゃいます。

 私はつねづね、「いったい、人から第一に思われなければ何にもなりません。いっそのこと憎まれて悪く思われていたほうがいいです。二番目、三番目などには死んでも大事にされたくありません」と何かにつけて言うので、女房たちに「それはまるで『法華経』の一乗の法ですね」と笑われておりました。中宮様はそのことを仰せのようです。筆と紙をいただいたのでお返事を差し上げました。

「九品蓮台の中では、たとえ下品といってもありがたく思わないことがあるでしょうか。つまり相手によるのでございます。中宮様に気にかけていただくのであれば、最下級でも」

 また、御返事を寄こされました。

「そういうのはよくない。第一の人に自分もまた第一に思われようと思うのがよいのです。相手が誰であっても、一度言い出したことはきっぱり言い切ってしまいなさい」

 お見上げするとにっこりしていらっしゃいます。このお言葉は主上様との強い愛情の絆に裏打ちされていたのでございましょう。

 このようなやりとりも、私をお引き立てになって早くお身内の中にも打ち解けさせようという、中宮様のおはからいにちがいありません。

 弟君の中納言隆家たかいえ様が、いつものように陽気に登華殿へ参上なさったときには、私も自然にふるまうことができました。

「この隆家こそは、すばらしい扇の骨を手に入れましてございます。紙を張らせて中宮様へ差し上げようと思うのですが、並みの紙を張るわけにはいきそうもありませんから、特別なものを探しているのでございます」

 中宮様は、冷静におっしゃいます。

「いったい、どのような骨なのか」

「どのようなって、何もかもがすばらしいのでございます。人々が『まったくまだ見たこともない扇の骨だ』と口々に申します。ほんとうに、これほどのは見たことがなかった」

 ひどく得意げな御有様に私は笑いをこらえながら申し上げました。

「それでは扇の骨ではなくて、くらげのですね」

 隆家様は、お笑いになって仰いました。

「これは隆家の言ったことにしてしまおう。よいな、少納言」

 あちらこちらで隆家様が「くらげの骨だ」とうそぶいていらっしゃるのを中宮様が、

「あなたの書いているというものの中に、もれなく入れなさいね」

 と仰せになるのも、ご姉弟そろっておもしろいこと限りありません。




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