第17話

休日に、ケンカ中のお兄ちゃんから逃げるようにして転がり込んだのは、衣装を依頼してくれた後輩達が所属する劇団の練習場所だった。

罪悪感はあったけど、「練習の見学に行きたい」って言った瞬間に見せてくれた、あの3人の純粋無垢な笑顔を見たら・・・断ることもできなくなっちゃった。

「明音さん!こっちです!」

私が幼稚園生の時、お遊戯会で使った市民会館にまさかこんな形で来るなんて思ってなかったな。

公民館独特の匂いになぜか緊張を感じていたら、上の方から声がして須藤ちゃんが嬉しそうに手を振っているのが見えた。

「急だったのにごめんね」

階段を上がって須藤ちゃん達が待つ3階に行くと、須藤ちゃんは高校のウインドブレーカーを羽織った姿で「いえ、そんな」と笑ってみせる。

「みんな喜んでます。どうぞ、お好きな席に座ってください」

重たくて開け慣れないホールの扉を苦労しながら押し開けると、そこにはえんじ色の座席が一面広がっていた。周りの照明が暖かいオレンジ色を放つ中、ステージだけ白い光で照らされている。

ステージの神聖さが溢れていた。

「明音さんー!お待ちしてました!」

石原ちゃんの声に、舞台で忙しそうにしていた他の人たちも振り返る。視線を集められた私は慌ててお辞儀をした。そして言われるがまま、舞台に近すぎもせず遠すぎもしない席を選んで座っていると、ステージの照明は次から次へと色を変えていく。話し合いに混じって発声練習をしているような声も響いてきた。

なんか、私が劇に出るわけじゃないのに緊張してきちゃった・・・。

落ち着かない気持ちで舞台を眺めていたら、いよいよ客席の照明が落とされた。

「わ・・・」

一気に暗くなる感覚、真っ暗な色に包まれていく感覚に私は思わず小さく声を上げる。


物語は架空の世界、小さな図書館を舞台にした物語だった。

石原ちゃん、須藤ちゃん、松井くんを中心とした図書館に住う「本つかい」と呼ばれる人たち。家族のように過ごしてきた本使いの人たちに、図書館取り壊しの危機が迫る事態になってしまう。

私が高校で見ていたあのキラキラした笑顔を見せていた3人はいなかった。

まるで、今まで私が見ていた3人が嘘だったみたい。

「お芝居うまいな」とか「すごいな」とか・・・そんなことを思う暇もないくらい、目の前の物語に引き寄せられていた。実際に起きてないことだし、お芝居をしている人たちとの距離もある。なのに・・・。

なんでこんなに、そばにいるように感じるんだろう。


客席のオレンジ色が戻ってきた時、本当にお芝居が終わってしまったことが惜しかった。

でも、それと同時に、心の中に温かい何かが帰ってきたのを感じる。

「今日は来てくださってありがとうございました」

ホールを出ようとする私に、松井くんが丁寧にお辞儀をしてくれた。

「ありがとう」

お礼を言わなくちゃいけないのは、私だよ。

「衣装なんだけど・・・、もう少し、待ってもらってもいいかな・・・?」

あの時と同じ。

洋服の作り方もわからないし、現実は苦しいことばかりだったけど、あの時だけは全て忘れて没頭することができて幸せだった。

スケッチブックにデザイン画を描いていた時と同じ、あの温かさを呼び戻してくれた。

「必ず、良いものにするから」

私は、劇団の人たち全員に誓う気持ちで言い切った。

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空を飛ぶ鳥のように 1054g @ERINn1203

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