第16話

「ねえ、お兄ちゃんと魔道士って、どういう関係なの?」

「は?」

なんなの、とあからさまに嫌そうな顔を向けられた私は、「別に」と返して何もなかったように、目の前の生地と高校入学を機に買ってもらった私専用のミシンに視線を戻す。

後輩3人組からの舞台衣装の依頼を受けてから、休日は洋裁の生地とミシンに向かい合い、平日は学校の授業で続けているウールの反物と向かい合うことになった。

2つの作品に追われてバタバタしているの、なんだか1年生の時に、継実ちゃんに渡すプレゼントを用意していた時みたいだなぁ。

・・・あれから継実ちゃんがお兄ちゃんのことを言い出すことはなくなった。

本当に、忘れたんだ。

「何ボーッとしてんだよ」

そんなことを考えていたら、頭上から丸められたファッション雑誌が降ってきた。パンッ、といい音が鳴り響いた瞬間、鈍い痛みが走る。私は思わず頭を押さえて「弟じゃないんだから!妹になんてことすんの?!」と、張本人のお兄ちゃんを睨んだ。だけど、お兄ちゃんはそれ以上に真面目に、怖い顔になって私を問い詰める。

「集中してんのか?本気でやってるか?さっきから全然作業進んでない。和裁でミシンから離れてたせいか腕が落ちてる。人に渡す洋服だろ。ちゃんとやれ」

なんか、お兄ちゃん怖い。

そう思った私は抗議するのをやめて、言われた通り作業に集中した。

・・・でも、後輩3人組に依頼されたこの衣装、考えたのはお兄ちゃんだ。

私はただお兄ちゃんの指示通りに洋服を仕上げていくだけ。

お兄ちゃんが1人でやればいいのに・・・。

それに・・・、なんか、お兄ちゃんのデザインした洋服をただ淡々と縫っている自分に対してもなんだかすっきりしない気持ちがある・・・。なんだろう。

「嫌ならやめろ」

そんなことを思っていたから、背中合わせにぶっきらぼうな声をかけられた時は心臓が飛び跳ねた。

「・・・嫌だって言ってませんけど」

「顔に出てるんだよ」

「は・・・」

「本気じゃないお前と作業してても、腹が立つだけだ。嫌なら早く出てけ」

何それ・・・!!!

私は思わず立ち上がって、たちバサミで布を慣れた手つきで裁断するお兄ちゃんの前まで行くと、自分に対して感じているすっきりしない気持ちまでぶつけるように言い放った。

「何その言い方。もともと、一緒にやろうって言い出したのお兄ちゃんでしょ?私は「お兄ちゃんが作ればいい」って言ったじゃん・・・!」

「本気で嫌ならその時断れよ!なのに結局ずるずるついてきたのお前だろ!」

「お兄ちゃんが頼んできたからでしょ?!」

「お前さ・・・!今作ってる衣装もそうだけど、俺についていくだけでお前の意思がまるで見えない。なんでもっと自分の意思を相手に見せないんだよ!そんなんじゃ、こっちだってただお前にお願いするしかなくなるだろ!?この衣装だって、そんなに悔しいなら、お前が考えてるアイディアとかアレンジ、俺に言えばいいじゃねえか!」

「・・・そんなの・・・、できるわけないじゃん!お兄ちゃんの方がいいデザイン画描くし・・・、後輩達は、お兄ちゃんのデザインがいいって言ってるんだもん!」

「言い訳するな」

「・・・なんなの・・・」

今まで・・・、私の手を引くように前を歩いてくれていたお兄ちゃんに、いきなり突き放された気分だ。

悲しいのか・・・怖いのか、悔しいのか、怒ってるのか、自分でもよくわからない感情が渦を巻く。だんだんその渦が大きな振動を身体中に響かせて、私の涙を呼ぶ。私は涙が出てしまう前に、大きな音を立てて自分の部屋を出て行った。


それからしばらく、お兄ちゃんとは口を聞かなかった。


お兄ちゃんとケンカしてからもうすぐ1週間。

今日までは学校があったから、家にいる時間も短くてお兄ちゃんとそんなに顔を合わさずにすんだ。だけどもうすぐ土日がやってくる。1日お兄ちゃんと同じ家にいるなんて・・・耐えられない。

「土日、学校の被服室開けてくれないかな・・・」

お昼休み、無意識にそんなことを呟いた私に、エミは大きな瞳をさらに大きくさせて

「珍しい。何、家族とケンカしたの?」

何気なく問う。私はいつものエミとの会話に思わず「お兄ちゃんとケンカした」と言いそうになった。だけど寸前のところで

「お・・・お母さんとケンカした」

なんとか回避。

危ない危ない。うちのお兄ちゃん、幽霊なんだった。

「さらに珍しい!だけど残念。今週は、開きません」

なんでこんな時に限って!と、怒りを込めてお弁当に入っている梅干しに箸を立てた瞬間、賑やかな足音と一緒に聞き覚えのある声が微かに聞こえてきた。私はその音と声にハッとなって、思わず廊下に飛び出す。

「あ、あの・・・!」

そこには、デザイン画を拾ってくれた後輩3人組、石原ちゃん、須藤ちゃん、松井くんが購買の人気商品のあんぱんを抱えている姿があった。

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