第27話 委員長と


「米倉くん、なんかお疲れちゃんー?」


 昼休み。

 今日も今日とて凛の手作り弁当を堪能しに行こうと席を立つと、クラス委員長の橋下さんが話しかけてきた。


「えっ、そんな風に見える?」

「んー、なんか、目の下にクマがあるような」

「マジか」


 ゴシゴシと、目を擦る。

 確かにいつもより、瞼が重くしょぼしょぼしているような気がした。


 心当たりはあった。

 昨日は夜遅くまでガリガリ書いてたから、その影響だろう。


「多分、寝不足かな」

「なるほどー」


 ぽんと、橋下さんが手を打つ。


「あんまり夜更かししちゃしちゃだめだよー」


 今度は聞き分けのない幼稚園児を叱るように、ぴんと人差し指を立てる橋下さん。

 しかしすぐに表情を和らげた後、


「最近、凛ちゃんと、どーお?」

「どう、って?」

「そのままの意味、だよー」


 にこにこと、純度の高い笑顔を向けてくる。


「別に、普通だと思うけど」

「こらー、目を逸らさなーい」


 わかりやすい人だーと、苦笑を浮かべる橋下さん。


「なんでいきなり、そんなことを?」

「んんー、別に、深い意味はないよー?」


 ただ、と言い置き、橋下さんはにんまりと笑って言う。


「最近、米倉くん楽しそうだから、凛ちゃんとうまくいってるのかなーって」


 うまくいってる、とはどういう状態のことを指すのだろう。

 予想はつくが、それをあえて掘り下げはしなかった。


 それよりも、前者の方が気になった。


「そんな楽しそうに見える?」

「うん、活き活きしてるー」


 言われて、そうなんだろうかと顎に手を添える。

 ……でも言われてみると確かに、最近は感情がプラスの方向に伸びている時間が多くなっている気がしていた。


 ふと、思いつきで切り出す。


「なあ、委員長」

「ゆーみんでいいのにー」

「これは仮の話なんだけど」


 これから自分が、全く仮になってない話をするとわかっていつつ、口を開く。


「女の子が、その……男にお弁当を作ったり、デートに誘ったり、家に呼んだりするのって、普通……じゃないよな?」


 俺のぎこちない質問に橋下さんは一瞬きょとんとしたあと、「ああ」と合点のいったように手を打った。

 そして顎に人差し指を当てて、「んーっ」とわざとらしい表情を浮かべた後、


「そうだねー。普通、というのは人によって違うから、一概には言えないけどー」


 とびきり微笑ましげな表情で、こう言い置いた。


「少なくとも私の場合……好きな人には、そういうことをしたくなる、かな?」


 その言葉に、ほっと、胸が撫で降りる気配がした。


「……まあ、そうだよな」


 何を分かりきったことをと、後ろ手で頭を掻く。

 

 わかりやすい。

 多分俺は、此の期に及んで確証が欲しかったのだろう。


「ありがとう、橋下さん」

「おおっ、呼び名変わったー」

「委員長の方がいい?」

「なんで戻ってんのー」


 くすくすと、橋下さんが口に手を当てて笑う。

 

「じゃあ俺、ちょっと行くところあるから」

「今日も、凛ちゃんのお弁当ー?」

「知ってたのか」

「そりゃあー、ねえ?」


 にまにまと、どこか含みのある笑顔。


 まあでも、凛と橋下さんは一緒にいることが多いし、知っててもおかしくないか。

 特に気にしなかった。


「というわけで、また」


 その場から立ち去ろうとすると、


「米倉くんー」


 振り向く。

 いつものぽわぽわとした笑顔を浮かべた橋下さんが、胸の前でぎゅっと拳を握って言った。

 

「頑張って、ねー」


 そのエールに言葉での返球はせず、ただ一度だけ、こくりと頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る