第28話 幼馴染と夜更かしさん

「はい、どうぞ」

「お、おう、ありがとう」


 多目的室。

 いつものように凛から手作り弁当を受け取る。


 しかし、普段と比べ俺の声には緊張があった。


「どうしたのですか、今日は声のキーが一段階高いようですが」

「そんなことまでわかるの?」

「はい、幼馴染ですから」


 言って、凛は俺の左腕にぴとりと身をくっつけてきた。

 いつもしているかのような、自然な動作で。


 ……。


 そう、これが俺の声のキーが一段階高い理由である。


 凛との距離が、とうとうゼロになってしまったのだ。

 先週まで、拳一個分の距離感があったのに。


「どうしたのですか?」

「いや……」


 私は何もおかしなことはしてませんよと言わんばかりの表情を向けられ、返答に窮する。

 突っ込んだところで予想通りの返答だろうなと思い、言葉を呑み込む。


「……いただきます」


 なるべく平静を装って、手を合わせる。

 覚えのある体温と甘い香りにドキドキしつつ、凛の手作り弁当に箸を伸ばした。


 今日も今日とてお弁当を彩るメニューは俺の大好物ばかりであったが……。


 なぜだかあんまり、味を感じられなかった。


 ◇◇◇


 食べ終わった後、俺と凛は珍しく無言でまったりしていた。


 春の訪れを感じさせる温かいそよ風がカーテンを揺らし、頬を優しく撫でる。

 校内で繰り広げられる日常の音が、いつもより大きく鼓膜を震わす。


 凛はぴとりと、俺に身体をくっつけたままだった。

 まるで、迷子になった子猫がようやく親猫と再会して、寂しかったよと甘えているかのよう。


 ……凛がこうして、一段と距離を詰めてきたことには心当たりがあった。

 てか、心当たりしかなかった。


 ここ最近の、凛の俺に対する行動の変化。

 その延長線だろう。


 俺が凛のことを好きなように、凛も俺のことを好き。

 という推論は、俺の中ではもう確信に変わっていた。


 変わっていた、けど。

 想いを口にする事は、まだしないと決めていた。


 そこまで考えたところで、不意に瞼に重みが増した。


 食後ということと、もともと睡眠不足というのもあった。


 しかしそれよりも、大好きな人がすぐそばにいてくれて、落ち着く体温と匂いを提供してくれている。

 そのことに、ゆったりめのパジャマに袖を通したときのような安心感があった。


「今日は、お寝坊さんですか?」


 凛が訊いてくる。


「よくわかるね、本当」

「幼馴染ですから」


 お馴染みのフレーズを口にする凛に、言葉を続ける。


「昨日はちょっと、夜更かししたからな」


 安心感云々については触れない。

 恥ずかしいから。


「なるほど、不良さんですか」

「夜を更かしただけで不良になるの?」

「大方、アウストラロピテクスのコスプレをして夜な夜な徘徊してたのでしょう?」

「それ全裸やん、コスプレちゃうやん」

「まさか透君がここまで変態だったとは思いませんでした、残念です。今からでも遅くありません、私と一緒に自首しましょう?」

「家から一歩も出てないのに犯罪者にされる俺の気持ちを15文字程度で述べよ」

「我が生涯いっぺんに台無し?」

「その通りだなっ」

 

 突っ込むと、凛は口元を覆い可笑しそうに笑った。

 可愛い、と思うも束の間、表情を戻した凛が問うてくる。


「執筆ですか?」

「うん」


 今度はちょっぴり、バツの悪い心地になった。


「……そうですか」


 いつもよりハリの少ない声。


「あまり、無理はなさらないでくださいね」


 心配、してくれてるんだ。

 そう思うと、凛に対する愛おしさが溢れてくる。

 

「うん、ありがとう」


 軽く、凛の頭をひと撫でする。

 すると凛は、気持ちよさそうに目を細めた。


 胸にもやりと、申し訳ないと思う気持ちが湧き出た。

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