第26話 幼馴染と約束と、決意


「透くんって、作家さんを目指してるんですよね?」


 凛と出会って1年くらい経ったある日。

 放課後、いつものように図書室で執筆をしていると、隣に座る凛が不意に尋ねてきた。


「うん、目指してるよ!」


 佐藤めーぷる先生みたいな小説家になる。

 俺の夢は、1年経った今でも変わっていなかった。


 俺の即答に、凛は意を決したように唇を結んで、


「これ……」


 おずおずと、何かを差し出してきた。

 その形状には、見覚えがあった。


「お守り?」 


 難しい漢字が刺繍された、ブルーカラーのお守り。


「……はい。しんがんじょうじゅ? って言う、夢が叶うお守りらしくて、その……」


 うろうろしていた凛の視線が、俺の瞳を見据える。


「少しでも、お役に立てたらなと、思いまして」


 言って、頬をいちごのように赤くする凛。

 その瞳はどこか、不安げに揺れていた。


 凛からお守りを受け取った俺は、すぐに本心を言葉にした。


「ありがとう、すっごく嬉しい!」


 凛からのプレゼント。

 それも、俺の夢を応援するためのもの。

 嬉しくないはずがなかった。


 俺の反応に、凛は「よかった……」とほっと胸を撫で下ろす。


「これでお揃いだね」


 以前、自分が凛に渡した、パステルピンクのお守りのことを思い出して言う。


「そうですね、お揃い、です」


 凛は嬉しそうに目を細めた。


「俺、頑張るよ。絶対に小説家になる」


 ぎゅっと拳を握って、決意表明をする。


「はい、応援しています」


 俺の唯一の友達にして、大好きな女の子に応援されたのだ。

 絶対にならなくちゃいけない。


 この時の俺は、本気でそう思った。


 もしなれなかったら?

 なんて事は、全く考えなかった。


 自分はきっと小説家になれる。


 本気で、そう思っていた。


「……透君はすごいです、本当に」


 ぽつりと、凛が言葉を溢す。

 そして、どこか尊敬するような眼差しを俺に向けた後、同じように拳をぎゅっと握って、


「……私も、頑張らないと」


 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声量。

 しかし、確固たる決意を宿した声で、呟いた。


 確か、この日からだ。


 凛が放課後、俺の隣で開く書物が漫画から、教科書に変わったのは。



 ◇◇◇



「……ただいま」

「おかえりー」


 帰宅すると、リビングから妹の声が聞こえてきた。


「凛たその手料理、どうだったー?」

「どちゃくそ美味しかったよ」


 短く答える。

 しかしリビングは寄らず、そのまま自分の部屋へ。


 創作本がぎっしり詰まった本棚にも、今朝脱ぎ散らかしたパジャマにも目もくれず、机の引き出しを開ける。


 中にあったそれを、手に取った。


 『心願成就』と書かれた、ブルーカラーのお守り。

 随分と、色褪せているように見えた。


「……凄くないよ、俺は」


 お守りを眺めながら、9年越しの返答を呟く。


「でも」


 ぎゅっと、お守りを握り締め、


「頑張らないと」


 凛と約束した。

 

 絶対に、小説家になるって。


 だから、なんとしてでもならなきゃいけない。


 小説家になって、凛の隣に立てるようにしないといけない。


 今の俺じゃ……だめなのだ。


 机に手をついて、振り返る。


 俺が凛の気持ちに対して肯定的になれなかった理由は、主に2つ。


 ひとつは、凛のような完璧美少女に自分なんかが好意を寄せられるわけがない、という自己肯定の低さ。

 しかしそれは、ここ最近の凛の言動、行動によって否定された。


 もうひとつは……今の俺は凛の隣に立てるほどの存在ではないという、自分に対する許せなさ。


 浅倉凛といえば、成績優秀スポーツ万能、芸術にも長けた超ハイスペックな美少女。


 対して俺はどうだ?


 勉強もスポーツも平均よりちょい下で、芸術に至っては「げ」の字も感じられない。


 本来、それらに費やす時間は全て執筆に費やしてきた。

 しかしそれも、花開く気配はない。


 凛と約束を交わしたのに、この有様だ。


 まだ、俺はなにも為し遂げていない。

 そんな状態で凛に想いを伝えたくない、彼女の隣には立てない、そう思っていた。


 これを払拭する方法は……ひとつしかない。


 お守りを、いつでも見えるデスクライトのところにかける。

 椅子に座り、ノートPCを開く。


 ワードソフトを起動し、俺は黙々と文字の世界に飛び込んだ。


 陽が沈んで、夜ご飯に呼ばれても、ずっとずっと、物語を紡ぎ続けた。

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