第36話

「桑野くん、ハブられたの? 可哀想に」

「……まぁそんなとこだな。あっちは盛り上がってて、取り残された」


 わざわざ敢えて抜けてきたことを言う必要もないので、ハブられてこちらに来たと言う不名誉な話を受け入れることにした。


「なるほどね……。ま、まぁその時の雰囲気って色々あるから仕方ないよね!」

「精一杯の苦しいフォローをありがとう」

「由奈、お酢がダメならウスターソースはどうでしょうか。今からでもここに入れてみたいです」

「莉乃の暴走が収まらない……」


 吉澤はまだ怒りが収まらない様子。

 なぜかご飯の中に入れようと模索するものが全部酸っぱいものである。


「何でここまでキレてるの? 合わないとはいえ、吉澤がキレたのって隣にいるこいつとぐらいだろ」

「……嫌なこと掘り出さないでよ」


 葵に嫌そうに言われたが、先ほど先手を打たれて恥を掻かされた仕返しだと思って我慢してもらおう。


「うーん、何かこっちのペースで話をさせてもらえないと言うか……。とにかく私たちのことを何でも誉めたい?のかな。何をするにしても口を挟んで来る感じだね。莉乃自身は合わない人に対しても、それなりに話聞いて頑張ろうとするんだけど、こっちの話を聞かずに勝手に話を進めるからかなり怒ってるみたい」


 古山の話から推測するに、何をするにしてもこちらが発言する前に先回りで勝手な言動で振り回されるってことか。

 多分相手からすると、誉めてフォローしていいことしてるって認識なんだろうが、この二人には通用しないらしい。

 運動も出来て普通にモテる男子から誉められて、嬉しい子も少なくはないとは思う。

 だが、この二人のように合わない人には合わないのは分かるような気もする。


「吉澤さん自身はってことは古山さんはそんなに話聞いてないってことぉ?」


 珍しく葵から古山に話を振っていった。

 元々、古山のピンチの時に葵が助けたと言う話は聞いたが、それ以来は特に接点があったようには見えなかったが。


「あはは、春川さんは鋭いなぁ。大体私は笑顔で相づち打つだけだから、そういう時は大して相手の話を聞いてないよ」

「古山さんでもそういう感じなのねぇ」

「うん。そうじゃないと疲れちゃうし」


 割りと普通に会話しているが、少し古山の方がまだ固いか。

 でも、それなりに落ち着いて話が出来ているところからもあの一件が大きいと言うことなのだろうか。


「……こんなことになるのでしたら、桑野くんのグループに私たちから声をかければよかったと後悔してます」


 そんな二人の話とは別に、吉澤は力なく不満を漏らしている。


「そうは言うけど、ぶっちゃけ俺の回りの男子も女子にいいとこ見せたいやつも割りいるぞ。結構振り回してる感じだったから、あんまり変わらないと思う」

「まぁ、それでも桑野くんいたらしれっと隠れ蓑にぐらいは出来たもんね。あの時、ちらっと桑野くんの方見て声かけてくれないかなって思ったけどダメだった」

「ああ、あれは良太がビビって古山さんから目を剃らしたんだってぇ。ダサいよねぇ」

「言うなって!!」


 話が進めば進むほど、俺と葵の泥仕合のようにお互いの過去を抉り出していく。

 お互いにみたいないハイライト場面を見せつけるような醜い争いが拡大している。


「桑野くん……」

「はい、何でしょう。吉澤さん」

「ダサすぎますね。もっとしっかりしてください」

「陰キャにそれを求めるなって……」

「まぁでも、私は分かるかな。あの男子達に割って入るのは難しいね。悪い人達じゃないけど、一部には他の男子を下に見たり悪意のある関わり方をする人もいるからね」


 そんな風に擁護してくれる古山の姿が、俺には輝いて見えた。

 そんな話も一段落すると、お互いに揺れる釜の蓋を再びボーッと眺める時間になった。

 スケジュールがびっしりと詰まっているなかで、こうして気を抜くことの出来る時間はとても良い。

 特に俺を呼び戻しに来るやつもおらず、古山達の様子を見に来る男子達もいない。

 とても平和な時間である。


「ちょっと。気を抜きすぎよ。ここにいるなら、ちょっとぐらいは米の状態を見るくらいはしなさい」

「面倒見るって言ってもなぁ……」

「これでうまくいかなかったら、他の男子に桑野くんのせいで失敗しちゃったぁとか悲痛そうに言うから覚悟しときなさい」

「やることがえぐいんだって……」


 こいつなら本気で人を騙すくらいの顔を平気で作るから怖い。

 この宿泊学習が終わったら、普段絡む人いなくなりましたなんてこと普通にありそう。


「……春川さんって桑野くん前だと話し方が普通なんですね」

「ね」


 そんなやり取りを古山達の二人が見ていたのか、ぽつりと吉澤がこう口にした。

 古山の同意の反応を口にはするものの、表情は何か同意しているものとはまた少し違ったような感じがある。

 はっきりとどんな感情を抱いているかよく分からないが、あんまり見ていて面白くなかったというのが一番正解の顔か。


「あ……」


 葵のあからさまにしまったと言う顔。俺でもなかなか見たことがないような表情をしている。


「まぁ何度も言っているかもしれんが、腐っても幼馴染だからな」


 吉澤がわざわざ葵に触れてきたこと、古山の表情がいまいち良くないことからフォローに回ることにした。


「何か……やな感じです。今、桑野くんと話しているような雰囲気のままいつも居ればいいと思います」

「確かにそうなのかもしれない……。でも、私はあなたのように強くて頑張れる人じゃない」


 吉澤と葵が会話したところを見たのは、あの喧嘩時以来。

 もちろん二人はサッカー部のマネージャーという共通点があるので、俺の見えないところでは話をすることもあったのだろうが。

 意外とお互いに落ち着いていれば、すんなりと話が板についているという感想だ。

 古山と話しているときよりもすらすらとかなり自然体に話しているように聞こえるのだ。

 もしかすると、かつての葵なら吉澤と良き友になれたのではないか、という気持ちになる。


「そうでしょうか? 私は別にそうは思いませんけど」

「え……?」

「確かに媚びるような仕草やあなたの言動は全く理解も出来ませんし、したくもありません。でも、感心することはあります。授業でで指名されてもいつもすらすらと答えますし、マネージャー活動などやることはきっちりとこなします。それに何はどうあれ男子の心をつかみ、よく理解して動いていることは承知してますから」

「……」

「素直に言うと、あなたの全てを批判したいですが、私には真似できない強さをお持ちですよ。その強さの生かし方が嫌ですけどね」

「ふふ、まさかあなたにそんなことを言われるなんてね」

「嫌いなもの全てを見下しているとでも? それは愚か者のすることです。嫌いな人ほどその人持つ強さを知らなければ、ただただ冷静さのない人、いわゆるバカです」


 やはり、似ている。

 お互いに苦手ながらも、相手の長所である強みを分析して素直に認めるところ。

 葵は吉澤の絶え間ない努力とその結果による自信に満ち溢れた姿を。

 吉澤は葵の仕事ぶり、そして人をことをよく知ることを。


 そんな話をしていると、施設の人が様子を見に来て、炊き上がりが近いことを知らせてくれる。

 そこで葵と吉澤の話は終わってしまった。

 米が炊き上がり、少ししてカレー作りをしていたメンバーが様子を見に来た。

 そこでなぜ俺がここにいるのかについて言及されたが、教員に火の面倒を女子一人にやらせるなと引っ立てれたと適当に嘘をついた。

 カレーの味は良くも悪くもカレー。

 失敗するような要素がないし、誰が作っても同じ味。

 それでも、切り方の不揃いな野菜がいつもとは違う特別感を与えてくれる。

 外の景色を見ながら、囲む食事を楽しむことが出来た。











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