第35話

 宿泊学習の朝は早い。

 六時には大きな放送が俺たちの部屋に入り、起きるように急かされる。控えめに言って最悪である。

 みんな慣れない環境に疲れて熟睡していたために起こす体は重い。

 いつもならだらだら寝ていても、妹が見かねて起こしてくれるそんなよきイベントがあるのだが。

 今日ばかりはそれがない。

 とにかく、家に帰りたい。まだあと一日はここに止まらなくてはなはない現実を受け止めきれずにいる。

 申し訳程度に寝癖を直したり、朝の支度を行う。

 朝食前の集まりに遅刻をすると、間違いなく朝からみんなの注目を集めながら叱責されるのでてきぱき行動しなければならない。

 六時半前に施設前にある広場に生徒が全員集めれる。

 寝起きでみんなテンションが低くて、誰も騒ぐやつがいない。


「えー、皆さんおはようございます。二日目に入りました。今日は課外活動がメインですので、しっかり本校の生徒としての自覚をもって羽目を外さないようにお願いいたします」


 わざわざ集まって聞く必要もない話をぼんやりと聞いた後、食堂へ向かって朝食を食べる。

 今日の昼食は自分達が野外炊事で作ったものを食べることになっている。

 カレーを作る予定でどうやっても普通は失敗しないがどうなるか分からないのでそこそこ食べておかねばならない。

 俺はご飯メインの朝食を食べたが、おかずとして魚のみりん干しを食べていたら、友人達に不思議そうな顔をされた。

 うまいのにな、みりん干し。

 朝ごはんが終わって少しすると、また各クラスごとに部屋に集まって昼前の野外炊事まで自主勉強である。

 昨日と今日で課せられた課題はほとんど終わらせることが出来た。

 そして、ついに宿泊学習の醍醐味とも言える課外活動の時間がやって来た。

 みんな体操服に着替えて、野外炊事の行う施設まで移動する。

 湿度は高く霧が濃い感じがあるものの、何とか晴れたので外の施設で活動することが出来る。


「では、各自しおりに書いてある振り分けられた自分達が調理を行う場所に移動して、メンバーの確認が取れたら用具や薪や食材を運ぶ人たちは集まってください」


 クラスで決めたグループに早速合流し、メンバーが全員いることを確認して早速活動を始めることにした。


「じゃあ、男子は色々と運んでくるのお願いね?」

「あいよ!」


 俺たちは運搬係が集まるように言われた教員のところに集まって、どこに何があるのかの話を聞く。

 各自、何を持っていくか決めて行動に移す。

 俺は比較的軽めな用具運びをやることになった。

 友人達に量の多い食材や薪を運ぶのは帰宅部には厳しいだろうと煽られた。

 事実は事実なので、おとなしく用具をカチャカチャと音を立てながら運ぶ。

 一足先に、女子の待つ場所まで戻って用具を設置していると食材班も到着した。

 確かに十人以上の食材なので、量は多い。これは一苦労といったところだ。


「あれ、薪班は?」

「多分、かまどの方に置いてからこっち来るんだと思う。かまどある施設ちょっと離れてるからな。葵ちゃん本当に一人で大丈夫かな?」

「まぁ春川さんなら大丈夫でしょ。それより、そろそろ下準備始めないと!」


 葵の話になったのが面白くなかったのか、あからさまに話を切って作業を始めようとしている。

 しかし、下準備を始めないといけないのは尤もでこれだけの量を限りある時間で調理しなくてはならない。


「あー……ごめん。俺、全然料理出来ないから見てていい?」

「同じく俺も……」

「何よ、だらしないね。桑野くんは?」

「一応出来るよ」


 どうもここにいる男子は料理分野に弱いものばかりになってしまったらしい。


「じゃあ、野菜の皮むきしてくれる?」

「了解。ジャガイモの皮でも剥くわ」

「えっと、ピーラー使う?」

「包丁使って剥くから大丈夫」

「く、桑野くん包丁で皮剥きするんだ……」

「ジャガイモみたいな球体はピーラーだと逆に危ないしな。ニンジンみたいな根菜はピーラーの方が楽だし安全だからそっちで使ってもらえたら」

「うん、ありがとう」


 そんな話をしながら、いつものようにジャガイモの皮を包丁で剥いていく。

 親の帰りが遅いときは、妹と一緒によく調理の下ごしらえや料理自体してしまうこともある経験が生きている。

 そこそこな数あるジャガイモをテンポ良く処理していく。


「亮太、お前器用だな」

「慣れたら出来るもんだぞ」


 全部の野菜の下処理が終わる頃には薪を運ぶ係の友人たちが戻ってきた。


「遅かったね。もう下準備終わっていつでも調理できるよ」

「わりぃわりぃ。葵ちゃんのところで火を起こすところまでは見てきた。どっちか残ろうかって言ったけど頑なに一人でいいって言われてしまったわ」


 そんな話をしながら、薪を入れて火を起こす。

 ある程度火が大きくなってきたので、カレー作りを始めることにした。


「さて、ここからは俺らでも手伝えるぞ!かき混ぜるとかだろ!?」

「そうだけど……。大丈夫かな?」

「任せろって!」

「焦がしたり、溢したりしないでよ?」

「分かってるって!」


 葵以外のメンバーがここに集まり、本格的な調理に盛り上がっている。

 そんな雰囲気を確認してから、俺はそっとその場を離れた。

 普通ならカレーを作るかまども米を炊くかまども同じ場所でするものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 ちゃんとうまくいっているか確認する人が確認しやすいように、米炊きだけは別の場所に集まって行っている。


「……」


 その場所に向かうと葵がただただボーッと火を眺めている。

 その隣に許可もなく座り込んでみた。


「何よ、他の男子から聞かなかったの? 私は一人でいいって言ったこと」

「聞いたけど、まぁいいかなって」


 そう言うと特に葵は俺のことを追い払うこともしない。

 二人揃って蓋が揺れる様子を眺めている。


「こんな遠方まで来ても、あんたと一緒なのね」

「それぐらいお前が関わる相手が居ないってことだよ」

「ひどいことをいってくれるものね。……気を遣ってくれてるの?」

「そういう性分でもないから違うな。単純に他のやつは盛り上がってるから付いていけなくなっただけ」

「変わらないわね、あんたは。別に人付き合い出来ないわけじゃないけど、必要以上に踏み込もうとはしないところ」

「踏み込んでもいいところ見せられないからな。色々と知られてるのはお前だけ十分だわ。疲れる」

「何よ、それ。玄人みたいな言い方しちゃって」


 ぶっきらぼうにそして面倒そうにするこの話し方が本来の自分。

 それを出して楽しそうな反応をするのは今やこいつぐらいになった。


「はーい、そこのお二人さんこっち向いてくださーい」

「「え??」」


 突然かけられた声に二人揃ってすっとんきょうな声を出してそちらに向くと、パシャりと構えられたカメラに撮影されてしまった。


「ありがとうございますー!」


 そう言うとそのままカメラマンは他の生徒の方に向かっていってしまった。


「……ふふ」

「なんだよ」

「亜弥の望み通りの写真を撮られたんじゃない?」

「確かに。ってお前にも二人で一緒に撮られてこいみたいこと言ったのかあいつは……」


 さすがにあんなことを要求は俺にしかしないと思っていたら、普通に葵にも話を振っていたらしい。

 うちの妹は予想以上の胆力の持ち主である。


「……も、もう我慢できません!!」

「ほらほら、莉乃落ち着いて。ご飯炊くグループと変わってもらお? そうすればここで二人……って桑野くんいる」

「おう、なんか吉澤怒ってね?」


 しばらくすると、怒った吉澤と宥める古山が現れた。


「うん、ちょっとね。今一緒にいる男子達と莉乃の相性がとにかく悪くて。そろそろ莉乃があからさまに爆発しそうだったからこっちに撤去してきた」

「何ですか、その言い方は! そうです、酢をこの炊いているご飯の中に入れてあげましょう!」

「いや、私たちも食べるからね? ごめんね、莉乃がこんな感じだからあっちと変わってもらえる?」


 元々古山達のグループでご飯の係りだった二人に声をかけるとすんなりと入れ替わった。


「何なんですか、あの人たち。それに今日はやたらと知らない人に時間を作って欲しいとか勝手なこと言われますし……!」

「はいはい、どうどう。ほら、目の前に桑野くんがいるよー、八つ当たりできるよー?」

「……桑野くん」

「はい」

「……何でもありません」

「……そうっすか」


 何を言われるかと思ったが、何も言われなかった。

 多分、特に言うことが思い付かなかったということだと思われる。


「桑野くんは春川さんとずっとご飯の面倒見る係りなの?」

「いえ、良太が勝手にハブられてこっちに来ただけよ」

「俺が言う前に先手打って言うな。自分で言うより惨めだろ」


 葵がまさか率先して話すと思わなかったので、不意の一撃をもらってしまった。




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