第34話

 宿泊学習一日目はほぼ学習の時間。

 課外活動は二日目に主に行われるため、一日目はしっかりと課題にそれぞれ向き合う時間となる。

 いつもとは違い、各自指定された部屋の中で好きな位置に座って課題を始める。

 実際にやってみると、何故ここでこんな学校で出来ることをしているのだろうという感想しか出てこない。

 いつもと場所は違うので雰囲気も変わって新鮮ではあるものの、別にここでやる必要性を感じない。

 せめてもの救いは自習なので、自分のペースで勝手に進められることぐらい。

 教員が見回っているので、あまり回りを見ることはできないが、それほどみんな集中出来ている様子ではない。

 やる気はでないが、必ず出された課題をこの期間中に完成しなければならないので真面目に課題に取り組んだ。


「あー、つっかれた」

「ほんと、ここに何しにきてんだって話よ」


 長時間の自主勉強の時間から解放されると、ようやく自分達の部屋でくつろぐ時間が出来た。

 とは言っても、時間としては一時間も無いのだが。

 みんな朝からの長距離移動の疲労もあって先ほどの自主勉強が相当堪えたのか、カードゲームをしようとかテンションの高いやつが誰一人居ない。

 自分達のベッドの上で各自寛いでいる。

 スマホをドアから死角になるような位置で操作するか、普通に雑談するかの平和な時間である。


「そういえば、明日のレクリエーションで女子の制服使うじゃん、お前ら誰から借りた?」


 友人がボソッと静まり返った部屋の天井経由で俺たちに問いかけた。


「俺は姉貴だなぁ。大学でもう実家に居ないし、完全に黙ってる」

「俺は妹だな。相当嫌な顔されたけど、我慢して借りたわ」

「やっぱみんな家族から借りるのが多いよなー」


 ……妹よ。お前の認識はどうやら間違っていたようだぞ。

 普通にみんな姉妹から借りてるじゃねーか!

 この事実を知っていたのか知らなかったのかは定かではないが、もし知っていてどうにか兄を避けようとしていたならかなり凹む。


「誰かうちの古山とか吉澤から借りた猛者いるのかな?」

「……いないんじゃね? いたら普通に自慢気に言いそうじゃない?」

「だよなー……。普通にあの二人じゃなくてもうちのクラスの女子とかから借りれたら十分勝ち組なんだけどな」

「葵ちゃんなら誰か借りれたんじゃね? 男子にフレンドリーだから話しやすくて借りに行ったやつ絶対いるだろ」

「!」


 会話がよくない方向に進みだした。

 まずい、何故そこで葵の名前を出すんだ。


「あー、なんかサッカー部の男子がこぞって声をかけたらしいけど、一貫して他の人にもう貸しちゃったって笑顔で言われたって」

「マジで!? 誰なんだろ……」

「いや、実は誰にも貸したくなくて嘘ついてるんじゃないかってみんな言ってたけどね。実際に誰か持ってきても、確認して分かるかどうか保証もないし、そこまでするやつも居ないだろうから」

「なるほどね、さすがに夢物語か」


 ここにその夢物語を体現しているやつがいるとは言えない。

 しかもそれなりにあいつが俺に気を遣ってくれてのことだし。

 ちなみに俺と葵が幼馴染であるということは、古山と吉澤しか知らない事実である。

 二人とも葵に関してはほとんど他の人の前で話題にしないことや、女子同士の会話ではもちろん俺の話をしないこともあって、誰にも伝わっていない。

 男子どもには葵と幼馴染だなんて話を持ち出しただけで大変なことになるのは目に見えているので、絶対に話さないようにしている。


「亮太は誰の制服借りたんだ?」

「え、俺!?」


 突然会話を振られて、あからさまに戸惑ってしまった。


「いや普通に誰から借りたか聞いただけなのに、そこまで驚くか?」

「めっちゃボーッとしてた。俺も妹がいるからお前らと同じだよ」


 嘘をつくしかなかった。

 葵の場合は俺に貸しているため嘘ではないが、俺の場合はあからさまに嘘である。


「まぁそうだよな」


 すんなりと納得した友人に申し訳なさを感じながら話をそのまま流した。


「何かこの宿泊学習で告白とかするやついるらしいけど、いつすんのかな?」

「やっぱり明日の自由時間じゃね? 今のところ勉強しかしてないし、今日したところで雰囲気もくそもないだろ」

「まぁ確かに。明日の課外活動でそこそこ絡んで夜にゴーって感じか」

「コクるやつ何人か知ってるけど、俺の知る限りだと普通にもう相思相愛で勝手に成立するだろっていうのもいれば、古山みたいな相手にアタックするのもいるな」

「でもなんか聞いた話だと、古山とかに自由時間に会う約束しよう事前にメッセージ送っても全然相手してくれなかったらしいけどな」

「らしいな。それもあってか明日の課外活動の時に声かけて、会えないか交渉するやつ多いらしいで」

「みんなアクティブやなぁ。この部屋におるやつで誰かそういうイベント起こすやつ居ないの?」

「「「「……」」」」

「ごめん。聞いた俺が悪かった」


 そんな脱力感満載の会話が次の呼び出しがあるまで続いた。

 夕食もバイキングだったが、昼食とはメニューがちゃんと変わっていた。

 大分この環境に慣れてきたのか、多少は食欲が出てそこそこ食べることが出来た。

 その後更にもう一時間自主勉強を行った後、入浴や少しの自由時間をカードゲームや施設探検をして楽しんで一日目が終了する。

 一泊二日でもないので、徹夜をしようとするやつはおらず割とすぐにみんな眠りに落ちた。

 二日目の明日は、この宿泊学習の中でも課外活動メインの一番盛り上がるところ。

 古山達にとっては、課外活動以外にも大変な要素がもっとも多い大変な日になることだろう。

 明日一日が楽しく平和に終わることを望みながら、俺も眠りにつく。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る