第37話
野外炊事と昼食を終えると、さらに課外活動は続いていく。
今度は施設の近くにある大きい川でのカヌー体験である。
ここ数年は梅雨時ということもあって毎年中止になり、ドッジボールをしていたようだが今年は出来る流れになった。
施設のスタッフからカヌー操作についての説明などを聞いた後、カヌー1隻に付き二人で交代で乗ることになった。
早速乗ってみるが、意外と操作は難しいものである。
「おっしゃあ! 喰らえ!」
カヌーに集団で乗ったことがある人は経験があるかもしれないが、こういう時に大体水軍ごっこみたいにしてぶつけ合ってふざけるやつがいる。
だが、基本的にはやってはいけない行為ではある。
やりたくなる気持ちはすごく分かる。
そういったことで、敢えて転覆させたりとかするのがよくない遊びである。
怒られそうなものだが、意外とやっても怒られる様子はなかったので普通に男子達は悪い遊びをして楽しんだ。
結局、男子大半を巻き込んだ戦争に俺も巻き込まれて体操服はビシャビシャになった。
カヌー体験を終えて、汗と川の水でどうしようもなくなった体操服を脱いで新しい服に着替える。
施設に戻ってきて、夕食までは自分達の部屋で休む時間が出来た。
勉強ばかりするのは気分が乗らないが、ずっと課外活動でも身体的疲労がものすごい。
「夕食の後、学年で集まってレクリエーションだろ? やりたくねー……」
「他のクラスの出し物が何かって言葉では色々と聞いたけど、実際どんなクオリティで来るんだろうな」
「何はどうあれ、うちはド滑り確定だけどな。どんな反応されるんだろ」
「まぁ勢いに任せるしかないな」
「っていうか、着替えいつやるの?」
「もう集まる前に着替えとかなきゃ時間無いんじゃね? やる前から注目されるなこれ」
「ちなみに服なくてオタ芸するやついんの?」
「いるらしいよ。あんまりオタ芸とかに抵抗無いやつとか、面白がってやるやつも何人かいるみたい」
別にこれが成績に含まれたりするほど大事なものではないにしても、それなりに滑ったり冷ややかに見られるとそこそこな心のダメージが残るものである。
何とも嫌な企画というか……これをすることによってクラスの団結力が出るどころか、崩壊を招きそうである。
わずかな休憩時間の後、再び食堂で夕食をとる。
明日からは普通に家で飯が食えるとなると、こうしてここで飯を食うことも名残惜しくなって来たような来てないような。
友人達とテーブルを囲んで夕食を取っていると、そこにうちの担任が寄ってきた。
「この後あるレクリエーションだけど、直前で着替える時間無いからもう着てから集まることでお願いね」
「「「へーい」」」
案の定、あらかじめ着替えておいてから集まる必要があるらしい。
今さらだが、父親の一件もあって本当に俺はこれまで葵の制服を触れるどころか見てすらない。
ちゃんと着こなすことが出来るのだろうか。
今さら、そんな感じたくもない不安が押し寄せてきた。
夕食を終えると、部屋に戻って着替えなど準備を行うのだが――。
「俺、何が楽しくてお前らの前で女子の制服着なきゃいかんのだ?」
「何か新しい性癖目覚めそう?」
「目覚めねぇよ! 俺は着るより着てもらう方が断然嬉しい」
「そりゃ誰だってそうだろ」
「そうか? 俺は割と嫌じゃないけど」
「「は??」」
それぞれ色んなことを言いながら着替えを進めていく。
俺も綺麗に管理しておいた葵の制服を取り出した。
数ヶ月前まで葵が実際に着ていた制服。
まだ見慣れた感じのする制服が、本当に目の前にある。
(変な意識をしない……!)
幼馴染ということで、貸してくれたもの。
見てくれが良くて、年頃の女の服だと意識してはならない。
だが、よく分からない罪悪感と混乱の混ざった複雑な感情が襲いかかってくる。
しかし、着替えないと時間がない。
意を決して、葵の制服に袖を通した――。
「……」
「おおい、亮太。随分と攻めてるな」
想定しなかったわけではない。むしろ、そうなるのは分かっていたつもりだった。
葵自身かなり体が小さい方で、俺は男子でもまあまあ大きい部類にはいる。
そうなると、結果的にどうなるかというと。
「お前、腹と足の露出が異常やで」
「腹は下に服着てるから別にいいだろ!」
「まぁ、そうだけど……。足はさすがに出過ぎ感あるな。無駄に足がきれいでそこそこ見映えが良いのが何かまたちょっとキモいかもしれん」
「ひでぇな、お前ら」
友人達の辛辣な言葉がグサグサと突き刺さる。
スカートを履いただけでも変な感覚なのに、確かに自分の足元を見てみると人前で見せたことの無い短さである。
今思えば、葵は中学の頃から意図的にスカートの長さを校則ギリギリの短さまで攻めていたような気がする。
葵の体で短めに設定されてるなら、俺からしたらとんでもないことになるのは当たり前である。
「亮太、それはそれで注目集めるぞ」
「仕方ねぇ。気合いで乗りきるしかねぇよ」
怖いことに、実際に着て数分もすれば何とかなるような気がしてきた。
たまに下着を被ったり、こういう女装を盗んで行うやつはこういう勢いがあるのかもしれない。分かりたくもないけど。
「亮太、それ着ている間は俺たちとちょっと距離開けといてくれな」
「マジ、ひでぇ……」
友人達にも見捨てられて、孤独で厳しい時間の始まりである。
部屋から出ると、他の男子達も女装を完了させている。
ちなみに、俺ほど大胆なやつは当然いない。
普段は絡まないやつからも、普通にいじられた。
ひとまず、レクリエーション前にクラスで合流。
そこで男子達の姿を見て、女子の反応もそれぞれ。
面白がったり、本気で嫌悪感を抱いている表情をしている人もいる。
「ふ、ふふ……あはは!!!」
葵が俺の姿を見て、人前でらしかぬ大笑いを見せた。
「お前な、スカート短くしすぎなんだよ!!」
「いいよ!亮太めっちゃ面白いじゃない!」
「俺は全然面白くねぇよ!!」
「はあはあ、お腹痛い……。面白すぎる」
回りに合わせて、それなりに悪目立ちしないためだったはずなのに。
こいつの言葉を信用した俺が間違いだったのか……!
「く、桑野くん?」
「……すごいですね。そんなにはっちゃける方でしたっけ??」
「お前ら……」
出来れば触れてほしくなかったのだが、古山と吉澤に見つかった。まぁ見つからないわけがないのだが。
「格好は大胆だけど、意外と似合ってると思わなぁい?」
「ど、どうなんだろ……。まぁ足が綺麗だから無くは無いのかな?」
「……私はノーコメントで」
古山はともかく、完全に吉澤に冷めた目で見られている。辛い。
「んー、私的にはここまでするなら……」
古山がそう言いながら、俺に近づく。
そして、古山の服のポケットからヘアピンを取り出した。
「前髪とか留めていい感じにすれば、もっと見映えがよくなりそう!」
「なるほどぉ、古山さんいいアイデアね」
「……」
俺の前髪をヘアピンで留めだした。
複数のヘアピンで、俺の髪を留めていく。
すでに自分がどうなっているのか、全く把握できなくなった。
「うん、いい感じ!」
「亮太、最高よ」
「よ、吉澤。今の俺を見て一言感想を頼む」
「放送事故」
「……ありがとうございました」
昨夜の今日を平和に過ごすという祈りはもはや届くことの無いものだと、ここで俺は悟った。
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