第28話

 結局、吉澤との試験勝負で合計点においても負けてしまった。

 吉澤に勝てたのは、数学二つと物理基礎のがっつり計算問題ばかりの科目だけ。

 それ以外の科目は大体五点差以下にはなるものの、その細かい差を多くの科目でつけられて三科目で多少差をつけて勝ったところで追い付くことが出来なかった。


「私の勝ち……のようですね」

「んー、まぁ全科目の点数見せあってるから分かってたことではあるんだけどな」


 改めて成績表という形で受けとると、全科目の点数が一覧出来るようになっていて、そこにはクラス内順位で二位と書かれている。

 もちろん、吉澤の成績表には一位と表記されている。


「でも、合計点の差でもたった五点差ですか……。正直なところ、桑野くん単位ミスとかちょっとしたミスが多かったので、それがなかったら負けてましたけどね」

「んー、直らない悪い癖なんだよな。これも含めて吉澤には完敗だな」


 嫌みとかではなく、小学校でやった定期ペーパーテストのころからうっかりミスや見直ししてれば直せるようなところに気がつかずに点数を落とす。

 こうして接戦で負けて悔しい思いをしたので、これを機に直すしかない。


「きゅ、九位だと……!?」


 古山が自分の成績表を持っているが、その手が震えている。


「まさかここまで由奈の成績が上がるとは思いもしませんでした」

「まぁ、何だかんだ頑張ってたしな」


 古山も全ての科目において平均点を上回り、合計するとクラス平均よりもかなり高い点数を記録した。

 最初は平均を目指していて、いけそうだからと十位以内を目指してみようと高い目標を設定したのにも関わらずクリアーしたのだから十分にすごい。


「これは親に堂々と見せられるぞ!」

「後はこれを継続出来るか、ですね」


 古山と吉澤が成績表をもらって盛り上がっているように、他の生徒も自分の成績表を見て一喜一憂している。


「……」


 そんな中でも、葵は一人静かに外の景色をぼっーと眺めている。

 彼女の机には成績表が見える形で置かれている。


「お前、三位かよ」

「あら、勝手に女の子の個人情報を見るなんてやらしいねぇ」

「言うなよ、隠す気もないくせによ」


 そんなやり取りをすると、いつも葵は軽く笑う。

 小学校の頃からこいつはとても優秀だった。

 中学の頃はテストで叶わない時期もあったものだから、これぐらいの成績は取ると思っていたがしっかりと高順位につけている。


「こういう時に女はしっかり他の女の成績も見てるものよ。マウント取りたくて仕方ないからね」

「で、敢えて見せびらかして逆にお前からマウント取りに行ってんの?」

「うーん、まぁそういうことかな」


 確かに、こういう時に他のやつの成績を探ろうとするやつは一定数いる。

 特に嫌いなやつやバカにしたいやつが、大した成績でなかったら格好の攻撃材料である。

 確かにこの成績なら、誰も口出し出来ないかもしれないが……。


「それはそれで敵を作りそうだがな。普通に隠してて見られたら、いい成績でつまんなみたいな感じで萎えさせるのでよくね?」

「……どっちにしても成績がいいなら、鼻につくとか言われるから一緒。隠してて勝手にバカだとか言われるくらいならこっちがいいわね」

「……なるほどね」


 確かに葵の言おうとすることは分からなくはなかった。

 嫌いなやつを貶めるためなら、嘘でも本当のように声高らかに広めるやつがいるのは事実だからだ。

 でも、今の葵の立ち振舞いはとても神経を使うはず。

 テストというのは全ての学生にとって一定の試練であることは間違いない。

 でもそれは、いい点数じゃないと親に怒られるとかテスト勉強が苦しいなどと言ったもの。

 確かにそれも苦痛ではあるかもしないが、葵にとってのテストは失敗を絶対に許されないあまりにも息苦しいものである。

 親に怒られても、それは大体一時的なもので次頑張ればいい。

 テスト勉強が苦しくても、一週間も過ぎればそれから解放される。

 でも葵の場合、一度でもテストの結果が悪かった時どうなるのだろうか。

 今のように堂々と成績表を見せびらかすことは出来なくなるだろう。

 そうなれば、葵のことを叩きたくて仕方のない者達は意気揚々とするのは違いない。

 少しでも弱味を見せるわけにはいかない。あまりにも苦しすぎる。

 本当は今回の古山のように、勉強が苦手なら得意な吉澤が主体となって助けたように何かあれば助け合って進んでいくはずなのに。


 葵だけにはそれがない。


「……あんたってさ、私が吉澤さんのことどう思ってるか分かってる?」

「は? なんだ今さら」

「その反応ならちゃんと分かっているということかしら?」

「そりゃ、お前も吉澤のこと嫌いなんだろ?」


 そう言うと、彼女はやれやれといった感じで首を横に振った。


「私は吉澤さんのことを嫌いだなんて一言も言ったことがない」

「そうだったか?」

「まぁ相手が完全に私のことを拒絶してて関わる機会無いから私も拒絶しているように見えるのは仕方のないことかもしれないけど」

「……」


 確かに吉澤の口からは葵が苦手であり、好きにはなれないということは聞いた。

 でも、葵の口から吉澤への感情はどれ程も聞かされていない。


「私はね、吉澤さんのことが嫌いじゃない」

「そうなのか?」

「私のことがどんなに嫌いでも、私を貶めるために何か探るようなこともしない。常に自分の事に対して真面目に取り組んで誰にも恥ずかしくないように堂々としてる。どんな相手でも自分は劣らないってちゃんと努力して自信を持ってる。そういう人は私……。とても好きよ」

「……」


 確かに吉澤から葵について何か尋ねられたことはない。

 葵についての行動が何かあってもよっぽどのことがない限り、本人の口から言及されることはない。

 誰と話していても、必ずと言っていいほど人の悪口は話題に上る。

 気に入らない教員、陰キャ側から見た陽キャ、陽キャ側から見た陰キャ、喧嘩した相手だってそう。

 確かに吉澤だけでなく、古山もそのようなことは一切口にしない。


「……あんまり話してると、あんたにも火花が飛んじゃうわよ? 兄が苦しそうにしていると、亜弥が元気なくすからその辺りは気を付けなさい?」


 そう葵が言ったのと同時に、しばらくクラスの様子を見ていた担任が手を叩いて注目させる。


「はーい。成績の話はここまで! 今から体育館に移動して宿泊学習についての学年合同説明会がありますので体育館に行きましょう」


 その言葉と共に一斉にみんなが席を立つ。

 葵も一人で体育館へ向かうべく、教室から出ていった。


「あれだけ言われて感情的になった相手に対してもそこまで丁寧に見れるなら、変われんだろお前……」


 一度激しく言い合いをした相手ですら、そこまで的確に分析し、認めることが出来る。

 あと少しだけ、踏み込めばきっと受け入れてくれる人はいるはずなのに。

 それをしようとはしない。

 幼馴染として、いろんなことを知りながら何も出来ない自分にも腹立たしさが残るだけだった。




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