第27話
六月にはいって、蒸し暑い日が続いている。
「やっと採点終わったのでテスト返しますー。平均点は71点で35点以下が赤点で補講あるのでそれは理解しておくよーに。それでは出席番号順に取り来なさい」
ようやくテストの返却期間に突入して、さまざまな科目の解答用紙が自分の手元に戻ってくる。
「うう~」
「……お前、そのテスト返却の時に毎回俺の背中に向かって唸るの止めてくれるか?」
「そんな冷たいこと言わないでよ……。この科目ばかりはダメかもしれないし」
「そう言いながら、これまで返ってきたテストどれもそこそこ取れてたろ」
「まぁそうなんだけど。落ち着かないのは桑野くんの点数見た後に、自分の点数を見てそんなに感動しないせいかな?」
「俺の解答用紙を見るな。そして俺のせいにするな」
出席番号の関係で、俺と古山はほぼ同タイミングで教師のところに席をたって向かうため軽いやり取りが発生するのだが。
その時に毎回、古山が唸っているのだ。
おそらく今までテスト返却にいい経験が無いために、不安が襲ってきているようだ。
ただ、これまで返ってきたものについては古山の過去からすれば驚くべきほどの出来で軽く吉澤が泣きそうになるくらいのものらしい。
それだけ出来ているのに、返却の度に緊張やら不安は相変わらず感じるらしい。
感じたところでもはやどうしようもないのだが、個人的には古山の気持ちが分からなくもない。
「うーん、微妙」
「その点数で微妙とか言わないでくれる?」
俺が先に解答用紙をもらって、自分の点数をすぐに確認する。
そして、古山が自分の解答用紙をもらって俺が解答用紙を広げてみているのを後ろから覗きこんで一言感想を漏らす。
ここまでが、テスト返却における俺と古山のやり取りである。
返却後のやり取りに至っては、教卓前のクラスメイトの視線が集中するとこで何の抵抗も無く行われている。
もうどう思われてもいいやと思ったわけではないが、咎めても古山は直さないし俺としてもそこまで気にならなくなってきている。
慣れというは恐ろしい。
「この点数じゃ吉澤には勝てないかな」
「今のところこれで六科目返ってきたよね? それまでの五科目で何勝何敗?」
「俺の二勝、吉澤の三勝だな」
「莉乃相手にそこまで食らいついてるだけで十分すごいと思うよ……」
そんな話をしながら席に戻ってくると、いつもちょうど葵が解答用紙を取りに行くタイミングで席を離れていく。
吉澤も古山同様に落ち着かない様子で、すぐに古山に詰め寄る。
「由奈、どうでしたか……!?」
「うん、過去最高点。ちゃんと平均越えられてる。まぁ平均+10点はちょっとこれは厳しかった」
「78点……!十分出来てますよ!これは平均が70乗ってるので確かに+10は厳しかったですね」
「次は行けるようにならないとね」
吉澤は古山がいい点数を取ることを自分の事のように喜んでいる。
正直なところ、古山自身より喜んでいるような気がする。
「では、私もそろそろ取りに行きますかね」
そう言うと、ゆっくりと吉澤も解答用紙を受取りに教卓に向かう。
吉澤は出席番号順になると、クラスで最後。
彼女が受け取り終えると、すべての生徒にテスト返却が完了したことになる。
「はい。これでテスト返却が終わりました。平均点からもまあまあ出来ていたと思っています。他のクラスと比べても平均点が70に乗っているのはここのクラスだけでした」
テストについて振り返りの総括を教師が述べるが、みんな点数やら直しやらに気をとられてあまり話を聞いていない。
その後、クラス全体でテストの解答共有を行う。
「今日の授業はこれで終わります。テストで間違えたところをノートに解説を自分なりにまとめて期限内に提出してください」
授業終了のチャイムが鳴ると、教師はそう言って教室から出ていった。
「さて、桑野くん」
「はい」
「点数はいかがでしたでしょうか?」
「……やるか。第六戦目」
「いきましょう。せーの!!」
吉澤の掛け声と同時に一斉にお互いの解答用紙を見せ合う。
「きゅ……93点……?」
「ふふ、甘いですね桑野くん。……とはいっても二点差ですけど」
今の授業で返却されたテストの結果は、俺が91点で吉澤が93点。
吉澤の勝ちである。
「やっぱりきっちり取るとこ取ってくるな」
「勝ちましたが、あまり差がつきませんでした。正直、科目別に見れば勝っている数は多いですが私が負けた科目は桑野くんには結構差をつけられているですよね……」
これで六科目返ってきて吉澤が四勝となったが、この四勝はどれも二、三点の接戦。
俺が勝った二科目は吉澤と十点近く差をつけて勝ったのでそこをどうも気にしているらしい。
「このままいけば、合計点勝負は面白くなりそうだな?」
「そうですね。科目別で多く勝っても、合計で負けては意味がありませんからね」
「本当に二人とも競ってるね。というか、莉乃がここまで楽しそうにしてるの久々かも……」
「話せる知り合いでここまで勝負出来る人がなかなかいませんでしたからね。点数を競うというのはどうなのかと思っていましたが、熱くなる理由が分かったような気がします」
古山の言うとおり、吉澤は非常に生き生きとしている。
普段も楽しくなさそうという感じではないが、ここまで純粋な少年のように目を輝かせている姿は見たことがない。
「あと三科目。絶対に勝ちたいですねぇ」
「そう言えば、莉乃は桑野くんに勝ったら何かしてもらうみたいなこと言ってたけど、何にするか決めたの?」
「あーそう言えばそんなこと言ってましたね。どうしましょうか」
「わ、忘れてたんだね……」
「古山、余計なことを……」
古山に恨みの目線を向けたが、素知らぬ振りをされた。
吉澤は少し考えるような様子を見せたあと、こう言った。
「相談したい時に強制的に相手にでもなってもらいますかね」
「ええ、何それ」
「他の子に話すときは気を遣わないといけませんけど、桑野くんなら手軽に呼び出せそうですしねー」
「使い魔じゃねーんだぞ」
そう言ってみたものの、吉澤は大して聞いていないのか特に反応がない。
そんな俺たちのやり取りに古山がただただ苦笑いを浮かべている。
「あ、じゃあ今度ある宿泊学習の時に私から何か一つ頼み事をするのでそれを引き受けてくれたりします?」
「ん? 漠然としすぎじゃないか?」
「まぁ、今思い付いたことですからね。大きなイベントです、何かしらトラブルなど起きる可能性があります。その時に桑野くんを盾代わりに出来れば安心です」
「……」
吉澤にもう少しだけ優しく扱われたい。俺の中でそんな思いがより切実になる休み時間である。
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