第29話
体育館にぞろぞろと一年生が全員集合する。
月一回くらいの頻度でこうして集まって何かの話があるが、今回はもちろん宿泊学習についての具体的な話である。
「時間がないので、早く静かに並んで座りなさい」
すでに成績表の返却などでかなり時間を食ってしまっているために、教員も少し急ぎ気味。
俺たちは男女に分かれて身長順に並んで座る。
高校にもなると、一クラスあたり約四十人が七クラスもある。
体育館に集まってみると、なかなかの人数の多さである。
部活をしない俺からすれば、授業でもほとんど接点を持つことのないクラスも多い。
ぶっちゃけると、他のクラスの担任が誰なのかすらもはっきり知らない。
回りを見渡してそんなことを思っていると、全てのクラスが整列し終えた。
「えー、一年生の大きなイベントの一つである宿泊学習まですでに三週間を切っています。クラスでも少しずつ話をして決めることがあるということぐらいの話は進んできているのではないでしょうか。今日は具体的な話を栞を交えてお話ししますので、前から後ろへ栞を一つとって回してください」
前から栞が送られてくる。一つとって後ろにいるやつに回す。
「分厚い……」
栞というのは、言うて数日のスケジュールとそのスケジュールの中での注意点が書かれているぐらいでそんなに厚みがないイメージなのに、とても分厚い。
さっそくそんな栞を開いてスケジュールを確認してみる。
すると様々な予定とともに、少しでも時間があると勉強する時間というものが組み込まれている。
「楽しみにしていただくのはおおいに結構。しかし、目的は学習です。しっかりと勉強もしていただくことになります。栞にはこの宿泊学習の勉強時間で完成させてもらう課題が載せてあります」
栞が分厚い理由はその課題とやらであった。
開いてみると、この前期中間テストまでの内容の復習に当たる範囲の内容が課題として載せられている。
「メリハリをつけて楽しく。もちろん、課外活動やたくさんは取れませんが、自由時間もありますので計画をたてて、充実した二泊三日を過ごしましょう」
活動内容としては野外炊事、キャンプファイアー、野外体験活動であるカヌー……。
どれも六月という梅雨時には相性の悪すぎるラインナップである。
学校の都合上、一番余裕があるのはこの時期しかないという判断なのだろうが。
「非常に言いにくいのですが、カヌー活動はこの二、三年雨が強く降って出来ませんでした。そうなった場合、近くにある屋内施設でドッジボールをやるということになりますのでご理解ください」
雨降ったら急にグレード落ちるな、おい。
「野外炊事は雨でも施設があって出来ます。キャンプファイアーも雨が降った場合は屋内でもう決めているクラスもあるかと思われるレクリエーションなどのイベントのみ開催ということになります」
ちなみにうちのクラスのレクリエーションについては、あの話し合いの時から全く進展していない。
男子は女装する事でそのまま話が進んでいる。
女子の方はまだ未定のままだが、担任の話によるとまだ決まっていないクラスも多いとのこと。
そのため、急かすのも良くないということでまだ決定を先送りしている段階である。
「大まかな話は以上です。ではこれから生徒指導の丸山先生より、宿泊学習に参加する際の注意点のお話があります」
話をする教員が強面の人に変わる。
かつて入学式で俺と古山を注意したあの教員である。
ちなみに名前は今初めて知った。
「えー、大きなイベントで楽しいことに間違いはありません。しかし、我々が二泊三日を過ごすために貸してくださる施設を綺麗に。そしてスタッフの皆様を不愉快にしないためにも、守ってもらうことがいくつかありますので今から言うページで一緒に確認してください」
指定されたページを開くと、禁止事項と学生として必ず気を付けるべきことが箇条書きで書かれている。
「まずスマホ・ケータイの持ち込みは禁止です。持ち込みが発覚した場合はその場で没収します。何のために来ているのかよく考えましょう。そして、立ち入り禁止区域には絶対に行かないこと。山が深く、川もあります。それに施設内も他の利用者がおられる可能性もありますので、決められた場所の中にいるようにお願いします」
スマホ持ち込み禁止。この辺りは予想通りと言ったところ。
うちの高校は普段から持ち込み禁止にしているので、当然このような場合も同じ。
まあ持ち込むやつは必ずいるとは思うが。
俺は特にゲームやメッセージアプリで常に持っておかないと生きていけない人間ではないので、特に気にはならない。
「そして、本校の生徒として必ず施設の方には挨拶をすること。そして何か訪ねるときも必ず敬語! 優しい方ばかりで安心して馴れ馴れしいやり取りをする人がいますが言語道断です」
その後は学生としてというよりは、人としてのマナーを守れということである。
最近、教員に対してですらタメ口当たり前みたいな雰囲気があるからこのあたりも神経質になっているといったところ。
「そして、これも大事なことなのでいっておきますが……。自由時間に男子が女子の部屋に行くこと、女子が男子の部屋に行くことは禁止です」
栞の地図を見ると、男子の部屋と女子の部屋は相当離れている。
やはり、こういう時だからこそ色んなことがあるのは毎年恒例ということのようで。
「異性の部屋の近くをうろつくなど教員に怪しい行動をしていたと判断されたら、即指導部屋ということになりますので注意してくださいね」
これで告白などしようとしていたやつのハードルが一気に上がっただろう。
スマホは持ち込めないし、部屋にも近づけない。
ただ異性が会うことを制限しているわけではないので、どちらも利用できる場所にさえ集まれば何とかなるが。
それには事前に時間を合わせて、栞に書かれた地図で漠然としたイメージでどこに集まるかまで打ち合わせしないと会うことが難しい。
ってかそこまで出来るくらい波長あってるなら、すぐにでも付き合えというレベル。
そこまでして告白などをするやつがいるのだろうか。
恋愛に夢中になっている人からすれば悲しいお知らせだが、古山や吉澤からすれば面倒事が減るからいいかもしれない。
なお、俺には良い意味でも悪い意味でも何の影響もない。
……ちょっとぐらいは何か影響があっても良いんだけどな。
「私からの話は以上です。今のところ、お話しできることは全てお伝えしました。各クラスの担任の先生方は各自HRの時間を設けて野外炊事のグループ分けなどを行っていただよう、よろしくお願いいたします」
予想通り、かなり制限の多い宿泊学習。
その中で人並みに色んな活動を楽しめたらいいなと素直に思う。
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