第16話

 古山の話が一段落して、帰宅した。

 たが、本来帰ってこれる予定時間より一時間以上遅くなってしまった。


「ただいまー」

「あ、兄さんやっと帰って来た」


 家では、すでにいつも通り開放的な格好になってスマホをいじりながらくつろぐ妹がいる。

 それに加えて、夕食の支度をする母親やその夕食が完成するまでPCを開いて残っている仕事を処理する父親もいた。


「あんた土埃とか汗やらで汚いから、そのまま服を洗濯機に放り込んでシャワー浴びてきて」

「着替えだけは取りに行かないと行けないんだけど……。お、我が妹よ。暇そうだから衣類を代わりに……」

「ふざっけんな!」


 軽い冗談で言ってみたら、ものすごい剣幕で怒られた。

 少し前までは畳んだ洗濯物とか届けてくれていたのに……。


「……今日干してたやつが乾いてるからそれを着ろ」


 父親がパソコンのキーボードを片手で打ちながら、もう片方の手で俺の部屋着を掴んで投げる。

 無情にもそれは、俺の顔にクリティカルヒット。

 そしてそのままパンツが頭に引っ掛かった。


「みんな冷てぇ……」


 悩める女子の話し相手として、一生懸命になって帰るのが遅くなっただけなのに。

 いや、元々俺にはいつもこんな感じか。

 両親共々、俺にはドライなのに妹にはどこまでも過保護で甘々。

 家庭内カーストだと、間違いなく俺は一番下。

 その事を改めて実感しながら、冷たいシャワーで汗と土汚れを落とした。



 夕食後は、家族それぞれ自分の時間を過ごしている。

 俺と妹は自室に入って勉強したり、スマホをさわったり自由な時間を過ごしている。

 ただ、今日だけは体育祭でいつもよりも激しく運動したために何もする気が起きない。


「今日ぐらいはいいか……」


 個人的には、食後すぐに横になるのはよくないよう気がして出来るだけしないようにしている。

 ただ想像以上に疲れているためか、すぐにでも横になりたい気持ちとなった。


「……」


 瞼が重い。

 電気が付いて明るくて眩しいのに、それが気にならないくらい眠い。


「……兄さん」

「ん……」


 目を開けると、亜弥が俺の顔を覗きこんでいる。


「勝手に部屋に入って、起こしちゃってごめん。もうみんなお風呂入り終わったけど、兄さんどうする? シャワー浴びてるし、もういいならお湯抜いておくけど」

「……いや、もう一回入るから大丈夫」

「兄さんがこんな早くから寝ちゃってるなんて珍しいね。さすがに体育祭で疲れた?」

「まぁそうだな」


 体を起こすと、胃もたれが襲いかかってくる。

 やはり、食後すぐに寝るのはよくないらしい。


「体育祭、楽しかった?」

「んー、まぁまぁかな」

「何よ、その一番聞いててがっかりしちゃう返事は……」

「特徴としては、借り物競争のお題がひどいことと民謡とかあるとこかな」

「何それ。普通に楽しそうじゃん!」

「外から見るには楽しいな」

「好きな人に来てとか言われたら……すごくいい」

「少女マンガとかに影響されすぎだろ。周りの冷やかしとか考えたら、いい迷惑だろ」

「いいじゃん。別に妄想ぐらいしたってさ」


 実際のところ、高嶺の華に駆り出されるという男の夢のようなシチュを体験した。

 たが、妹が想像しているような甘い世界とはかけ離れている。

 その事を伝えただけのつもりだったのだが、妹の機嫌を損ねてしまった。


「もう一つの民謡とかいうやつは何なの?」

「三年生限定だけど、浴衣を来て踊るってやつ」

「何それ!? 三年生全員が浴衣を着てたってこと??」

「そういうことだ」

「いいなぁ……。葵姉ちゃんの浴衣着てるところ見たいなぁ」

「夏祭りを一緒に行ってきたら、いくらでも見られるんじゃないのか?」

「今年は誘えたらな~って思う! でも、学校でそんな可愛い葵姉ちゃんにベタベタくっついてみんなの前で独り占め出来たらいいなぁ~」


 そんなことを楽しそうに笑いながら話す妹。

 この様子から、葵が色んな男と付き合っているということは知らないようだ。


「葵のやつ、パン食い競争出てたぞ」

「え……!? 何それ見たい!」

「男子みたいな反応してんな」

「どうだった……!?」

「うーん、男子が喜ぶ光景だったのは間違いないかな」


 吉澤と話していたときに抱いた感想を、そのまま妹に伝えた。


「そうじゃなくて、兄さん個人として何か思わなかったの?」

「特に何も」


 俺のそんな感想がそっけないことに、妹は更に不満の様子を浮かべる。

 こちらとしてはそんな表情をされても、実際のところ何も惹かれるものはなかった。


「兄さんは、葵姉ちゃんのこと恋愛相手として見ることとか出来ないの?」


 妹は膨れっ面で、大胆なことを聞いてきた。


「出来んな。お前には分からんかもしれんが、俺たちは合わないんだよ。これからは仲が悪くなることはあっても、良くなることはねぇよ」

「分からないなぁ。何であんなに可愛くて、優しい人とずっといて好きにならないんだろ」

「世の中、そんなマンガやアニメの世界みたいに長い時間近くにいたからくっつくとかそう簡単にはないんだよ」


 妹が今の葵について具体的に知らないので、こういうことが言える。

 だが、葵の口から妹に向けて真実を語ろうとはしていない。

 それに、妹に対してどうはあれ気を遣ってくれている。

 そのため、俺の口からも真実を語って妹を失望させて葵との関係性を崩すつもりもない。

 ただ合わない、という漠然とし過ぎた理由は妹からすれば到底理解が出来ずにもどかしく感じるかもしれない。


「兄さんがもっと仲良くなる努力してから、そんな人を冷めさせることばっかり言う陰キャムーブして欲しいね」

「辛辣だな……」


 妹の言葉は誰の言葉より心にグサグサと刺さる。


「幼馴染一人すら大事に出来ない愚か者なのに、これぐらいの言葉で済んでいることを感謝しろっ」

「大事にね……」


 大事出来ない。

 確かに、妹の言う通りなのかもしれない。

 幼馴染なのに、急にあいつの考えていることが理解できなくなった。

 それだけではない。

 吉澤と喧嘩をした時も、今日昼休み話し時も。

 幼馴染として、周りの誰よりも長い時間接してきたのにまともな声かけ一つ出来ていない。

 感情的になって言葉足らずになったり、あいつの代わりとしての弁護や代弁もまともに出来なかった。


「でも、幼馴染として幸せになって欲しいとは思ってるよ」

「ふーん。無責任な言葉だとは思うけど、情けない兄さんの口から放たれたことを考慮すると、及第点かな」

「評価厳しいな……」


 そんな言葉を口にしたが、実際のところ妹の言うとおりだと思う。

 無責任な言葉ではあるのに、内容としては聞こえがいい。


「でもさ、兄さん。それちゃんと葵姉ちゃんに言ったことある?」

「は?」

「ちゃんとそう思ってるよってこと、言わないと思ってるだけじゃ意味ないじゃん」

「いやいや。こんな言葉かけたらキモいで終わるだけでしょ」

「はぁ……」


 俺がそう言うと、妹はド派手にため息をついた。


「元々やってることキモいのに、こういうところは自重するのか」

「さすがに言うことが酷すぎるぞ、妹」

「言いたくもなるよ。何でもかんでも合わないって取り合わないくせに、そういうことは思ってるから感じ取って欲しい。ワガママ過ぎるだけじゃん」

「……」

「それぐらいはキモいって思われてもはっきりと伝えたって罰当たらないと思うけどな」


 最近のことに加えて、この妹の言葉で俺は返す言葉も無くなった。


「ま、もういいや。さっさと風呂入らないと遅くなるから早く入りなよ」

「ああ」

「あ、あとね。浴室前にスマホ置きっぱにしてるよ。通知ランプ光ってたからメッセージ溜まってるんじゃない?」

「そうだ……。スマホ置きっぱにしてる」


 疲れきっていて、スマホの存在すら忘れていた。


「じゃ、私は部屋に戻るから」

「うい」


 妹が自室に戻って行った後、引き出しから着替えを取り出して浴室に向かう。

 浴室にたどり着くと、まずは置きっぱなしにしていたスマホを手に取る。


「メッセージ、結構来てるな」


 メッセージの数がいつもよりも多い。

 風呂に入りながら返信するべく、スマホを手にとって浴室の中に入った。

































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