第17話

 すっかりぬるくなった湯船に浸かりながら、スマホの画面をつける。

 妹の言った通り、メッセージアプリにはいつもよりも多くのメッセージ数が届いている。

 防水能力がしっかりしているおかげで、湯気が充満したこの中でも問題なく扱うことが出来る。

 早速、来ているメッセージの送り主を確認する。


「これ、吉澤か……?」


 自分の連絡先の一覧で一度も見たことの無いアイコンと名前の人からメッセージが届いている。

 莉乃という名前が表示されており何やらメッセージが届いているが、語尾が敬語なのが既読にしなくても確認できたので間違いないだろう。


 ー由奈に教えてもらいました。そちらも登録してくださいねー


 そんな簡易的な挨拶に続いて、更に今日あったことについての話が続いている。


 ー由奈にアドバイスしていただけたようで、感謝しますー


 早速、吉澤からの友達申請を承認してメッセージを返信する。


 ー大したことは言えなかったな。何かごちゃごちゃ難しいことを考えてやろうとしてたみたいだけど、それは止めておいたー

 ー最後は気持ち整えて蹴りをつけるって言ってたよー


 大抵のことは古山から聞いていると思ったので、簡潔にメッセージを返しておく。

 他には、友人のくだらない話や人気のアプリゲームの話をして盛り上がっているようだ。

 体育祭があったというのにみんな元気だなと感心しつつ、繰り広げられているトークに目を通していく。

 そうしていると、吉澤から再びメッセージが届く。

 性格的にあんまりスマホを触りそうに無さそうなイメージがあって、返信なんてすぐに来ないと思っていたので少し驚きながら確認してみる。


 ーにしても、何か聞いた話だと由奈の前で随分と格好をつけたようですね。なかなか既読にならないので、恥ずかしくなってしまったのではないかと心配しましたよ?ー


「……最近、この人って俺のことを煽ることが癖になってきてないか?」


 確かに今、思い返せばなかなか恥ずかしい言葉を偉そうに話してしまったのは否定出来ない。

 所詮、"はい"か"いいえ"なんだよって何を理解してそんなことを言っているのか。

 そもそもまともな告白一つ受けたことの無い男から派手に発せられた言葉。

 古山自身、理解を示してくれたかのような態度を示してくれた。

 でも内心では、「こいつ、何にも経験してないな。でも否定するのも可哀想」とか思われて適当に合わせてくれた可能性も……?


「で、でも吉澤から感謝の言葉が最初に来たわけだし、役に立たなかったわけでは……」


 ざわつく自分の心を納めるように、そんな独り言を呟くがそれ以上に考えたくないシチュエーションが浮かんでくる。

 古山からしたら「何を言っているんだ」と思ったが、俺のあまりにもアホすぎる発言にそれぐらい考え無しでもいいと判断して気が楽になったとか。


 考えれば考えるほど、数時間前の自分の言動が痛々しく恥ずかしく思い出される。


 ー言うな……ー


 自分の黒歴史が製造されたという事実にショックを受けた俺は、ただ力なくそう一言返事するだけしか出来なくなった。


 ー気持ちが大事。はっきりイエスかノーの二択で答えればいいんだ……ですってね(笑)ー


「あああ!! 吉澤、止めてくれえええ!」

「兄さん、うるさいよ!!」


 吉澤の更なる追撃に発狂の雄叫びをあげていると、妹にキレられた。

 妹の叱責にわずかに戻った理性を振り絞って吉澤に返信する。


 ーお前が勝手に俺に丸投げして、帰るからこんなことになったんだよ!ー


 送ったメッセージにはすぐに既読が付く。そして返事もすぐに返ってくる。


 ーいやいや。確かにお願いはしましたけど、そんな痛々しくコメントしてくださいとは一言も(笑)ー


「古山……。確かにこいつSに違いねぇわ」


 体育祭の借り物競争の時に古山に引っ張られながら、そんな話をしたことを思い出す。

 確かに割とSとか言ってたけど、ドSと言い切って良いような気がする。


 ーもうやめてください。心が壊れてしまいます……ー


 どんな返信をしても、自分の心の傷口が広がる結果にしかならないので素直に降参の意を示すことにした。


 ー由奈より弄り甲斐がありますね(笑)ー

 ー由奈はポンコツで満足な反応してくれないので、そこそこ察しが良い方が楽しめそうですー


「……」


 吉澤とメッセージのやり取りを始めて数分で、ここまでおもちゃにされるとは。

 普段の様子を見ていると、真面目でおとなしく清楚な美少女という雰囲気。

 実際のところ、男子の中ではそういうイメージで気になっている人も多い。

 でも蓋を開けてみると、そこそこ話せる相手に対してここまで弄り倒してくる。

 普段の様子だけでは、人のことを確実に知りきれていないという良い例かもしれない。

 ……いや、悪い例か。

 そんなことを思っていると、吉澤から更にメッセージが届く。


 ーでも、そんなあなたの一言で由奈が頑張ってみると前向きになりました。ありがとうございますー

 ー来週には、今日の相手にはきっちりと自分の気持ちをシンプルに伝えてみるそうですー


 古山はこの週末で気持ちを整えると言っていたが、すでに来週にきっちりと自分の気持ちを伝えると心に決められたようだ。

 これだけ早く決心がついたのであれば、それなりに気持ちに整理をしっかりとつけられたということだろう。


 ーそうか。なら、恥を掻いたのも救われる。吉澤としても、古山に対する俺のフォローには満足いただけということでいいか?ー

 ーええ。由奈の友人として目線からも、個人的な目線から見ても弄れるし、最高のフォローだったと思いますよ?ー

 ーそうかい。ならよかったわー


 話が一段落したところで、スマホが濡れない安全な場所に置いて湯船に疲れきった体を沈める。


「今日は色んな事がありすぎたな……」


 体育祭という、普段の生活の中でも大きなイベントの一つであったことは間違いない。

 体育祭では、古山に駆り出されて大騒ぎになった。

 そして体育祭以外の部分で、色んな事が起きてその度に考え込む自分がいる。

 吉澤と葵のどうしても噛み合わない関係性の中で、古山は葵と歩み寄れると言ってその真意に悩む吉澤。

 亜弥のことをどこまでも心配し、そして不器用なりに俺にも迷惑がかからないようにしつつも、自分のスタンスを貫く幼馴染の葵。

 そして高嶺の華という多くの人に存在を求められる者だけにしか分からない苦しみを、自分の性格のせいでより味わっている古山。


 みんな、何か悩みや思いを抱えて今の生活を送っている。

 高校生活が始まって、まだ一ヶ月と少しが経過しただけなのに。


「難しいな……。色々と」


 湯船から上がり、水滴を拭き取って部屋着を纏う。

 そして自室に戻って、ベッドに倒れ混んで深い眠りについた。




































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