第15話
「カッコ悪いなぁ……私」
「そうだな」
「うぐっ……。そこはそんなことないって優しく否定するところじゃない?」
「そりゃあそんなことで解決するなら、それでもいいんだけどな」
彼女の言葉通り、普通なら優しい言葉をかけてやるべきなのかもしれない。
だが、吉澤からある程度の事情を聞かされている身。
それに吉澤や古山本人から求められているものは、そんなものではないはず。
「中々グイグイ攻めてくる男だったな。話からして前からの知り合いか?」
「……うん。あの人はね、中学の時からのクラスメイト。話す機会も多くて、私にとても優しい人……なんだけどね」
「何か含みのある発言だな」
古山から先ほどの男について話が出てくるが、どんな褒め言葉も歯切れが悪い。
「まぁ何というか……。恋愛的に好きにはなれないかな」
「なのに、なぜはっきりと断らない?」
「彼は、私のことを好きになって純粋な気持ちを伝えてくれてるから……」
改めて話を聞くと、古山の性格というか本質的なものが見えているような気がする。
優しい性格で断れない。確かにこれは、吉澤から聞かされる前から何となく俺も分かっていた。
ただ、それだけではない。
人の気持ちがよく分かる古山自身が、とても多くの人に慕われている。
彼女の性格と彼女の魅力によって、より深く人の気持ちが垣間見えてしまう。
「ごめんなさいっていう拒否の一言だけでいいのかなって。もっと何か伝えられることがあるんじゃないかなって……」
「だけど、それを必死に考えようとして何も浮かばない相手だった……ってことだろ?」
「……うん」
俺からすれば、ポンコツな癖に無駄に繊細に考えて難しい対応をしようとしているようにしか見えない。
「さっきの足音って莉乃だよね?」
「……まぁあんな変な足音を出すやつなかなかいないから分かってしまうよな」
「……本当にカッコ悪い。あれだけ莉乃に迷惑をかけてきて、それを何とかしようと思ったのに」
「あいつ自信は迷惑そうになんか全くしてなかったけどな。むしろ、お前が一人で何とかしようとするからヒヤヒヤしてたぐらいだぞ?」
吉澤がフォローすることを全く嫌がっていなかったのは事実なので、敢えてその事を伝えてみたが……。
「……莉乃は優しいから。でも、それだからっていつまでも甘えているわけにはいかないの……」
吉澤の断言通り、今後彼女のフォローを当てにするということはまず無さそうである。
「じゃあ、自分で何とかするしかないな」
「……うん」
何とかするしかないとは言っても、古山の口から何か考えが出てくることはない。
意志に反して考えがまとまらない。
頭を抱えて、どうしたらいいか分からないといった様子を見せている。
お互いにしばらく沈黙した後、古山が口を開いた。
「……私ね、中学の時からすごく男の子からああいう告白をもらうことがあってさ」
「……」
「知らない人から、今まで仲良くしてくれていた人から急に告白されて……。恋愛に疎い私からすれば、どうしていいか分からなかった」
「……」
「何を言っていいか分からなくてあたふたしてしまう。すると相手はとても悲しそうな顔を、怒ったような顔を。とても見ていて苦しくなる表情をする……」
「……」
「そして悩みながら、断った。すると、悲しそうな顔をしながら色んな言葉を投げ掛けられる。相手から投げ掛けられた言葉は私の考えていることとは違うのに……」
「……」
「せっかく仲良くなれたのに。私の言葉が足らないせいで、悲しそうに相手は離れていく」
古山の誰に対してもある明るさと優しさは男子にとって非常に魅力的である。
関わりやすく、話も盛り上がりやすい。
他の相手よりも一段と仲良くなれていると、錯覚する男がいてもおかしくない。
それが違ったと分かったとき。
恥ずかしさや苦しさ、自分が勝手に盛り上がっていただけ。
その事実という冷や水を、自分で浴びることになる。
込み上げてくる感情は複雑で不愉快なものであることは間違いない。
その苦しさから逃れたくて、嘘だと信じたくてさらに古山にすがる。責める。
そうしないと耐えられないから。
「そんな時にね、莉乃が助けてくれたの。言いにくいなら、私が何とかするからって」
「吉澤は偉大だな」
「うん。代わりに断りの返事を伝えに行ってくれたり、私が直々に行かないといけない時は付き添ってくれたの。何度も何度も数えきれないほどそういう機会があった。それでも莉乃は嫌な顔ひとつせずに助けてくれた」
「……いい友人だ」
「でも、いつも穏便に終わるわけじゃない。莉乃がいることを嫌がる人だって少なくなかった。告白を邪魔する嫌なやつと指を指されることだってあった! ……それでも莉乃は何も気にしないでって」
俺の予想通り、やはりそれだけ機会があれば吉澤のことを責めるやつもいたようだ。
あまり男子に興味が無さそうな吉澤とはいえ、人に悪く言われることは気持ちよくないだろう。
それに吉澤がなんとも思っていなくても、そのような雰囲気になれば古山自身が自分が悪いと感じるのは間違いない。
「このままじゃダメだなって思って、莉乃にこれ以上迷惑をかけらない。だから今日は一人で何とかしようと思ったのに……」
「ダメだった……と」
「莉乃と出会う前の私から何も変わってない。今日の彼も悲しさや不信感の表情でいっぱい。問い詰められても、何の言葉も浮かんでこない! 結局、こうして莉乃の力を借りてしまう……」
過去の苦しかったことと、何も変わらない現状に直面しているであろう古山は話ながら弱りきってしまった。
高嶺の華である彼女にとっては、嫌でも絶対に切り離すことの出来ない問題。
避けようとしても、どうなっても降りかかる。
「もう莉乃に……。私のことをあれだけ大事にしてくれる友人を困らせたくない! 自分で何とかしたいのに……」
「……そうだな。今までの話を聞いて、俺なりに一つの結論がまとまった。よければ聞いてくれるか?」
「……うん」
数年前からずっと悩み、苦しんでいることを本人の口から耳にした。
今までこのような状況をどう過ごしてきたのかを。
古山が異性の告白に対してどう思っているのかを。
友人である吉澤に対する気持ちを。
そして本人がどうしていきたいのかを。
「お前に足りないのは言葉じゃないぞ」
「え……?」
「はっきりとした気持ち。難しいことを考えすぎ。自分の考えていることを細かく伝えようとし過ぎて分からなくなってるだけだ」
「でも、そうしないと……」
「いいや、そうする必要はないね。はっきりイエスかノーの二択で答えればいい。告白の現場で求められる返事は二択で大体答えられる!」
「そ、そうだけど……」
「付き合えるか、付き合えないか。優しいって感じてくれたか感じてくれてなかったのか。仲良くなれていると思っているのか思っていないのか! 相手の訪ねてくる答えの結論だけはっきり伝える」
「……」
「それにどんなに繊細に自分の気持ちを伝えたところで結局、結論は『はい か いいえ』やぞ」
「桑野くん……」
結局、どんなに耳障りのいい言葉を言っても。
どんなに、信頼している。仲がいいと言っても。
どんなに~時に助けてくれたことは忘れていないよって具体的に伝えても。
付き合えるかという本題の問いかけにノーと言えば、そこまで。
何を言っても元通りになれない人、シンプルにやり取りしても『これからも友達として』仲良くしていける人もいる。
「それに……。お前、今回の件に関して吉澤に『迷惑をかけたくないから』とか一切言ってないだろ?」
「うん……」
「それでも、吉澤はちゃんとわかってたぞ。お前が迷惑をかけまいとしているんだって」
「……」
「それも気持ち。言葉にしなくても、大事な友人が困らないように何とかする!ってはっきり決めてるから伝わるんだよ」
吉澤ならすぐに察してしまうのかもしれない。
でも、古山の気持ちが強いからこそ吉澤も表だってフォローをすることはやめたのではないか。
「ちゃんと伝えるか……」
「そうそう、それだけで十分。ポンコツなんだから、それでいいんだよ」
「うん、分かった。ありがと!」
ようやく古山に少し元気が出てきた。
「よし、何かちょっと落ち着いた気がする。週末もあるし、気持ちを整えてぶつかってみる」
「おう、そうしろ」
「じゃあ、帰りますかねー。うわぁ、すっかり遅くなっちゃった」
「しかしな……。お前はこういうことで友人にちゃんと申し訳ないって感じられるなら、勉強で俺に申し訳ないと感じてもらえないか??」
「うーん。それはちょっと無理かな」
「あっそ……」
彼女の発したその否定の言葉だけははっきりとした意志が感じられ、俺はため息をつかざるを得なかった。
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