VOL.3

『・・・・これを見てください』

 契約書にサインをした後、彼女は左手を俺の方に向かってかざした。

 陽光が薬指にめたそれに輝いた。


『ルビーですか?』


 淋しそうに笑い、を振る。


『そう見えて?』

『いや・・・・実は宝石についてはさほど詳しいわけではないので』


『彼がプレゼントしてくれたんです。初めて日本に来た日』

 彼女はそこで少し言葉を切る。

 しばしの沈黙。

『でもこれ、本物じゃないんです。フェイクなんですの』


 マイヤー青年は彼女と久しぶりの激しい一夜を過ごした後、指輪を取り出し、


”これは本物じゃないんだ。その辺の玩具屋で簡単に買える。たったの八百円だよ。”

 彼はそう言って笑い、彼女の手にめてくれた。

”でも、いつか必ず、僕が本物のルビーを貴方に贈る。そして、その時は・・・・”


 彼はそれ以上の事は何も言わなかったが、何を言いたいかは彼女には理解出来た。


 その後である。


 マイヤーからの連絡が途絶えたのは。


『私、彼を信じています。あそこまで私を思ってくれた男性が突然消えるなんて、何か訳があったに違いありません』


 ここまで思いつめた女性の目を見たのは、久しぶりの事だ。


『マイヤー・ハンツマン氏について知っている限りのことを私に話してください。ぐ仕事にかかりますから』



彼女の家を出ると、直ぐにの存在に気が付いた。

見るからに”自分達は怪しい”という看板をぶら下げて歩いているような二人組である。


 俺は十分に間合いを取りながら歩く。


 そいつらも俺に合わせ、歩いては止まり、歩いては止まりを繰り返していた。


 駅が近づいた時、俺は足を止め、路地へと逸れた。


 上手い具合にそこにはビールケースとコンテナが積み重なっている。


 二人の足音が慌てて俺に近づき、路地に入って来た。


『手を上げろ。それから足を開いて壁に向け。昨今は私立探偵でも拳銃を持てるんだぜ。知ってるよな?』


 俺は片手にM1917、そして片手に認可証ライセンスとバッジのホルダーを持って、やつらの後ろに立つ。


『自惚れるな。探偵』

 二人のうち、小柄な方が舌打ちをし、かすれた声を出すと、懐に手を突っこんだ。 俺の指が反射的に動き、引きトリガーに危うくかかろうとした時、


 奴の手の中にあったのは、警察官おまわりの身分証明とバッジだった。


『お隣も御同様かね?』


 痩せたノッポの方が、何も言わずに黒革(正確には濃紺というべきか)のホルダーを引っ張り出した。


『公安だな?』


 俺の言葉に二人の表情が少しばかり動いた。


『何故分った?』

『余計な気を発しているからさ。いや、匂いと言うべきかな。並の警官おまわりとは少し違う。職業上、鼻が利くもんでな』


『なら、話は早い』


 また背の低い方がかすれた声を出した。

『マイヤー・ハンツマンの何を調べている?滑川智子に何を頼まれた?』


『拳銃を突き付けられて、出て来る台詞かね。それに俺達探偵には依頼人の秘密を守る義務がある。おまけに黙秘権もあるんだぜ?エリートの公安さん』


 チビがまた舌を鳴らした。


『悪いことは言わん。マイヤーの件から手を引け。』

 ノッポが精一杯凄んで見せた。


『断る、と言ったら?』


『俺達は警察だ。お前さんの認可証ライセンスを誰が出しているか、知らないとは言わさんぜ』

『聞きなれた殺し文句だな。それを言われたらますます闘争心ファイトが湧いてきた。断る』


 チビがまた舌を打つ。

『今度会った時はどちらかがハチの巣になるかもな。こっちも容赦はせんぞ。』

『その台詞、そっくりお返ししますよ。ダンナ』



 






 




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