第17話 口出し

 昨年、一ノ瀬さんのお祖父さんが亡くなった。


 享年97歳。朝起きて来ないので様子を見に行ったら、布団に横たわったまま心臓が止まっていたそうだが、実に穏やかな顔をされていたという。


 お祖父さんが亡くなった日の夜、遺体を寝かせている座敷の隣では、一ノ瀬さん達家族や親類が話し合いをしていた。通夜や葬儀に参列するであろう人数を数えていたのだ。地元の人たちがほとんどだから、土地の方言が飛び交っていた。


「河田さんのとこは、夫婦で来るずらか」


「夫婦で来るじゃねえけ? 2人にしとかだぁ」


「渡辺さんとこは奥さんだけずら」


「あっこの息子は、じいさんが仲人をしとうじゃんけ。来るじゃねえけ?」


「ほうけ。ほれじゃあ書いておかだぁ。ええと、渡辺……倅の名前は何ずらか」


「何だっけねぇ……」


「聡史だ、サトシ」


「ほーだほーだ。サトシサトシ」


「ちょっとお父さん、今サトシって言っとうは誰ずらか?」


「俺じゃあねえよ。康彦(一ノ瀬さん)けぇ?」


「俺は知らないよ、渡辺さんなんて」


「男の声だったじゃん」


「お父さんじゃねえだけ」


「俺じゃねえよ」


「やーだ、おじいさんじゃねえけ?」


「何ょー言っとるの、おばあさん」


「んだって、おじいさんの声だったもの。光雄も康彦も違うずら」


「言っちゃーいんよ」


「言ってないよ」


「やーだ、ほんとにおじいさん?」


「誰も聡史の名前が思い出せんから、つい口が出とうずら」


「あらら、やーだよう」


「おじいちゃんてば、すぐ口を出したがるだから」


「死んでるのにねー。やーだよう」


「やーだよう。うふふ」




 一ノ瀬さん自身、確かにその声はお祖父さんの声のようだったという。


「でも、親父も声が似てるからね。最初は親父かと思ったんだけど」


 お父さんが否定した時は、思わず鳥肌が立った。


「しかし、おばさん連中はすごいねぇ。何でも『やーだよう』で片付けちゃうんだから」


 死人が喋ったことより、その神経の方が恐ろしいと一ノ瀬さんは笑った。

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