第18話 鈍い人

 さる中堅企業で管理職に就いている太田さんは、2人の子供が独立した後、奥さんと2匹の猫と一緒に暮らしている。


 奥さんには、昔から「縁が深い」という神社があって、そこでもらったお札を神棚にお祀りし、毎朝ショットグラスにお水を汲んで供えていた。




 遠方に嫁いだ太田さんの娘さんが妊娠した時のこと。


 いよいよ出産が近くなり、娘夫婦の家に奥さんが泊まり込むことになった。


「お父さん、神様のお水、毎朝替えてちょうだいね」


 奥さんはそう言って出かけていった。


「わかったよ」


 そう答えたものの、太田さんは元々朝に弱い。奥さんがいないことも相まって、毎朝ばたばたと出勤するようになってしまい、初日から水をお供えするのを忘れてしまった。


 さて、奥さんが出かけてから数日。太田さんは妙なことに気付いた。


 朝目が覚めると、飼っている猫たちが枕元に座っている。エサが欲しいのかとも思ったが、そういう時は容赦なく起こしにくるので、ちょっと様子がおかしいな、という気がした。


 妙だなぁと思っていた頃、夜中に奥さんから電話があった。さてはとうとう産まれるか、と勇んで電話をとると、初っ端からけんか腰の声が飛び込んできた。


「お父さん、神様のお水取り替えてないでしょう!」


 さすがに長いこと一緒にいる奥さんのこと、行動を読まれていたかと恐れ入ったが、それにしても深夜に電話とは珍しい。


 試しに「どうしてわかった?」と聞いてみると、こんな答えが返ってきた。




 奥さんが寝ようと枕に頭を置くと、途端に体が動かなくなった。


 同時に、枕元に白い着物のようなものを着た綺麗な女性が現れて、「あなたの旦那さん、気が利かないわねぇ。ちっとも気づいてくれないんだけど」と困ったような顔で言った。


 声を聞くなり、あっ、うちの神様だ、と思ったという。その瞬間体が動いて、上半身ががばっと起き上った。同時に女性の姿は消えてしまった。


 さてはと思って、太田さんに電話したのだという。




 以来、奥さんが帰ってくるまでの間、太田さんは毎朝忘れずに水をお供えするようになった。


 お供えするようになった途端、2匹の猫が朝、枕元にやってくることがなくなった。


「毎晩お父さんの枕元に立ってたけど、猫しか気づいてくれなかったから、私のとこに来たんじゃないの」


 娘さんが出産を終え、落ち着いた頃に戻ってきた奥さんにそう言われたという。


「うちの神様、ものすごい別嬪さんだったんだと。いやー、どうして気付かなかったのかねぇ」


 いっぺん見てみたかった、と太田さんは残念がっている。

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