クトゥルー神話の形式 3 神殿型

 今回は《神殿型》。

 神殿のような場所に導かれるタイプの話です。


 《神殿》と呼んでいるのは《旧支配者》が潜んでいるような場所です。探索者は、そこへ引き寄せられて行ってしまう。ということはつまり、探索者はいつの間にか異界のものに精神を支配されているということです。

 前回の《猟犬型》が身体を、物理的に傷つけられる恐怖を主に描いていたわけですが、《神殿型》では、精神を支配される恐怖が描かれます。そのため結末は、探索者が自殺するか、狂気に陥るか、邪神の信奉者になる、といった感じになります。

 探索の過程でSAN値が下がりつづけるタイプの話と考えれば、理解しやすいかもしれません。


 基本となる短編はラヴクラフトの「神殿」です。

 第一次大戦中の通商破壊に従事するドイツの潜水艦Uボートの艦長が主人公。海中を泳ぐ死体が目撃されるという怪異の後、潜水艦は機関の故障により漂流をはじめ、狂気に陥った部下の反乱を経つつ、海底へと降下してゆくとアトランティスらしき遺跡へとたどり着く。神殿から響く神秘的な声に導かれ、艦長は潜水服に身を包み海中へと踏み出して行く……と、こんなあらすじです。


 ラヴクラフトの他の作品では「無名都市」や「壁の中の鼠」がこれに近いです。

 前回も書きましたが、ラヴクラフトは同じ形式をそのままは使わず変形させたりします。この二作もそうで、完全に《神殿型》とは言えなかったりしますが、ともかく説明します。

 「無名都市」。アラビアの砂漠にある廃墟の〈無名都市〉にやって来た男が、その内部を探索する話。発見した神殿の深奥へと進んでいく様子は《神殿型》の雰囲気があるものの、探索者が生還する結末の付け方は異質なものになっています。なので《神殿型》とはいいがたいのですが参考にはなると思い、ここに挙げました。

 「壁の中の鼠」。廃墟となっていた修道院を改修し、そこに住むことになった男の話。前半のデ・ラ・ポーア家の先祖に関する説明は、次回取り上げる《血族型》の雰囲気なのですが、後半の、地下に発見された謎の空間の探索から狂気に至る結末までの展開は《神殿型》そのものと言えます


 ラヴクラフト以外の作家による作品ではロバート・ブロック「無貌の神」とC・A・スミス「ウボ=サスラ」を挙げることができます。

 「無貌の神」は、砂漠にの砂の下に古代エジプトの彫像が隠されていることを知った男が、独占するために現地人を雇い砂漠を渡っていく。しかし掘り返された神像の姿を見た現地人たちは怯えて作業を拒否し、夜の間に逃げ去ってしまう。水もなく一人取り残された男は何とか徒歩で砂漠を横断しようとするが、幻覚に悩まされ、気づいた時にはもとの場所に戻っていたことを知る。「神殿」が《神殿》へ引き寄せられる直線の移動だったのに対して、この「無貌の神」では神像の場所から遠ざかろうとして、そこへ戻ってしまうという円環の移動になっています。

 「ウボ=サスラ」は、骨董屋で乳白色の水晶球を手に入れた男が、それを見つめていると、自分が古代の魔術師ムー・トゥーランとなり、さらに見つめ続けると時間を過去へと遡っていくことを知る。最終的には原初の不定形の生命ウボ=サスラに成り果ててしまう話。つまりこの話では空間ではなく、時間の移動が描かれています。

 「無貌の神」が円環の移動で「ウボ=サスラ」が時間の移動なので、両方を掛け合わせると〈ループする時間〉になりますね。そういうものを《神殿型》のヴァリエーションとして書くこともできるのではないでしょうか。


 《神殿型》のだいたいのパターンを書けば、


  未知の場所へ向かう → 小さな異変 → 怪異に巻き込まれる → 精神を支配される


 こんな感じです。

 〈未知の場所へ向かう〉は、探索を始めるきっかけがあって行動を始めるまで。

 〈小さな異変〉は、ちょっとした予兆のようなもので、まだ何が起こっているのかはよくわからない。

 〈怪異に巻き込まれる〉で、何か逃れようのない流れにいつの間にか捕らわれている感じになります。

 〈精神を支配される〉というのが結末で、主人公はもう邪神の命ずるがままになるかしかありません。


 《神殿型》は、SAN値が下がりつづけると書きましたが、そういう意味ではもっともクトゥルー神話らしさがある型で、〈クトゥルーエンド〉という言い方はこのタイプの話にふさわしいのではないでしょうか。

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