クトゥルー神話の形式 4 血族型

 今回は《血族型》です。

 主人公自身が忌まわしい存在の子孫だったと知る型です。

 前回《神殿型》を〈もっともクトゥルー神話らしさがある型〉と書いたのですが、人によってはこの《血族型》の方こそがよりクトゥルー神話らしいと感じるのかもしれません。

 《猟犬型》が身体を傷付けられる恐怖、《神殿型》が精神を支配される恐怖であるのに対して《血族型》は、身体も精神もその根拠を失うという恐怖です。いわゆるアイデンティティーの危機ですね。


 基本的なラヴクラフトの作品は「魔宴」です。

 ある男が一族のものから呼び出され父祖の地キングズポートを訪れた。それはユールと呼ばれる祝祭に日だった。町の人間はみな教会に集まっていた。さらに広大な地下空間に降りて行く。人々はそこから奇怪な翼をもつ化け物にまたがりどこかへと飛び去っていった。最後に残った男は彼を導く一族のものの仮面の下の素顔を目にすると、恐怖を感じ地下の水路へ飛び込む。病院で目覚めると今までのことが幻想の世界の出来事と知る。しかし『ネクロノミコン』の文章により、自分が不死の妖術師の子孫であることを知るのだった。

 といった内容です。


 ラヴクラフトの代表作の一つ「インスマスを覆う影」もこの型の作品です。

 旅費を節約する方法を駅でたずねた男は、インスマス経由のバスなら安上がりだと教えられ、この町についての不吉な噂も耳にする。さびれた港町インスマスはじっさいに不気味な雰囲気で、酔いどれの老人からマーシュという船長と南洋の島に住む両棲類の怪物との間で交わされた取り引きについて聞かされる。町の秘密を知ったこの旅行者は魚とも蛙とも似た怪物たちに追われることとなるが何とか逃げのびる。彼の政府への通報により町は一掃されるが、その後、夢の中で先祖と会い、身体が変質を始めたことで自分もまた深海に棲む〈深きものども〉の一員であることを知る――という内容です。


 他の作家の作品ではヘンリイ・カットナー「クラーリッツの秘密」やオーガスト・ダーレス「ルルイエの印」があります。

 「クラーリッツの秘密」。子々孫々までの呪いを受けた男爵家クラーリッツの当主へ黒装束の使いがあらわれる。呪いの秘密が明かされる時がきたのだ。地下へ案内された彼は死んだはずの先祖たちと会う。神秘的な饗宴を終えると納骨所の石棺へと案内される。そこで彼は祖先たちとともに不死でありながら同時に死者でもあるような眠りにつかねばならないのだった。

 「ルルイエの印」。叔父の死によりインスマスの家を相続した男が主人公。彼は家の管理のためにアダ・マーシュという女性を雇う。アダはこの家のことをよく知っているらしく秘かに何かを探していた。彼女の示唆により男は、叔父がクトゥルーについて調べた文書と指輪を発見する。指輪の力に導かれ彼は屋敷の地下から海へと降りて行く。そこで酸素ボンベもつけずに深海を泳ぐアダと出会い、自分もまたその能力を持つ同種族であることを知る。二人は南太平洋へ〈ルルイエの印〉を探す旅へ出る。


 では、これらの作品を〈形式〉としてまとめてみましょう。


  祖先の故郷へ行く → 奇妙な人々を見る → 恐るべき秘密が明かされる → 自身の正体を知る


 こんな感じです。


 〈祖先の故郷へ行く〉は、「インスマスの影」のように其処が父祖の地と知らずに訪れる、ということもあります。

 〈奇妙な人々を見る〉は、「ルルイエの印」の場合、人々の奇妙さは過去の噂として語られていました。

 〈恐るべき秘密が明かされる〉の場面の後、主人公はその場から逃げ出す過程があってもいいですし、留まる場合もあります。

 〈自身の正体を知る〉は、上記の例では〈呪われた一族〉か〈深きものども〉か、ですが、他の邪神の落とし子の設定を考えるのもいいですね。


 《血族型》の応用例として、もう一作。ラヴクラフトの大作「狂気の山脈にて」は、南極への探検行の末、人類発生の秘密が明かされるというものでした。人類全体の祖先がわかる、という意味ではこの作品も壮大な《血族型》ということができます。

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