クトゥルー神話の形式 2 猟犬型

 前回述べた六つの形式のうち一つめ、《猟犬型》。

 〈猟犬のような存在に追われる〉という型の話です。

 まず、この型の基本となる短編をラヴクラフトの作品の中から一つ挙げます。

 《猟犬型》の場合は「ダゴン」です。一応、簡単にあらすじを書いておきます。

 第一次大戦中、ある船乗りが大西洋上でドイツ軍の捕虜になるが、何とか脱出に成功する。彼はボートで漂流し、隆起したばかりと思われる無人島に上陸する。そこで彼はダゴンと思しき怪物を目撃。あわてて逃げだす。精神を病みながらも安全な町に帰り着いた彼は、これまでの体験を手記に書く。ひと通り書き終えたところで、窓の外に自分を追ってきた怪物の姿を目撃する。

 こんな感じです。「窓に! 窓に!」という最後のフレーズが有名ですね。

 で、これを形式化するために骨格を抜き出してみます。骨格というのは、ここを押さえれば時代や場所を変えても同じような話になるという時の押さえるべき要素です。

 「ダゴン」の場合は、ある場所に行って怪物を目撃し、帰ってくるが、その怪物が追ってくる、といった形です。

 これを応用が利くようにまとめると、


  未知の場所へ行く → 《旧支配者》の存在を知る → 安全な場所へ帰る → 《猟犬》が追ってくる


 となります。《旧支配者》はとりあえず異界の存在全般ぐらいの意味で使っています。《猟犬》というのは何らかの追跡してくるものです。


 ラヴクラフトの他の作品で、同じ型に当てはまりそうな作品を探すと「魔犬」と「闇をさまようもの」が挙げられます(翻訳タイトルは青心社『クトゥルー』のものを基準とし青心社版がない場合は適当に選びます)。

 ラヴクラフトは、あまり同じパターンをそのまま使うということをしていなくて多少変形されてはいます。その点を確認していきましょう。

 「魔犬」は、〈未知の場所〉へ行って帰ってくるというパターンは踏襲されていますが、探索者が二人コンビになっています。二人で墓荒らしに行き、まず一人が猟犬のような何かに襲われ死ぬ。もう一人が何とかそれから逃れる方法をさぐるが……、といった内容です。

 「闇をさまようもの」は、ラヴクラフト最後の作品ですが、わりとシンプルな《猟犬型》に回帰した形になっています。

 初期の作品である「ダゴン」では、大西洋を渡る長い旅が行われていますが、「闇をさまようもの」では、同じ町内の廃墟となっている教会への往復というせまい範囲の話になっています。主人公は教会で〈輝くトラペゾヘドロン〉という魔術装置を通して異界の光景を目撃し、邪悪なものの気配感じる。家に帰り調べてみるとそれはナイアルラトホテップと呼ばれる存在で光を恐れるものらしい。そして停電のある夜、主人公は襲われ、その時書いていた日記が残された、という話です。

 「ダゴン」と比べると移動距離は短いですが、そのぶん魔道書や暗号で書かれたノート、死者が持っていたメモなど神話世界の広がりを感じさせる情報源がたくさん配置されていることが特徴と言えます。


 他の作家の作品で《猟犬型》の例を挙げるとすれば、R・E・ハワード「屋根の上に」やF・B・ロング「ティンダロスの猟犬」があります。

 「ダゴン」は探索者自身の手記という体裁の作品でしたが、この二作はいずれも〈未知の場所〉から帰った者が自分の体験を友人に語るが、その後、追ってきた怪物に襲われる、という形となっています。

 「屋根の上に」は、『無名祭祀書』の記述から中央アメリカのとある神殿へ黄金を探しに行き、宝石一つを手に帰って来た男が友人にその体験を語る話。

 「ティンダロスの猟犬」は、中国の麻薬〈遼丹〉を用い、友人立会いのもと四次元を見る実験をした結果、ティンダロスの猟犬に狙われることになった男の話。この作品では〈未知の場所〉は四次元で、精神のトリップにより行き来することになっています。


 ではあらためて《猟犬型》の形式についてまとめてみたいと思います。

 まず語り方として、大きく分けて、探索者自身の手記をそのまま提示する方法と、探索者が体験を友人に語る方法があります。

 まあ、ふつうに一人称なり三人称なりの小説として書くこともできますが。「闇をさまようもの」の場合は、地の文は三人称で結末部に日記が組み込まれているという形でした。

 〈未知の場所へ行く〉の、その理由は、トラブルに巻き込まれて思いがけずその場所に着いてしまう場合もあれば、その場所へ調査や宝探しなどの目的で赴く場合もあります。

 またその場所から宝石などを持ち帰ったことが追跡される原因になり得ます。

 その場所は、無人島や辺境の遺跡などの例がありましたが、都市部なら廃屋や閉鎖された施設などでもいいですね。一時的に異空間が出現するような設定を使うこともできると思います。

 〈旧支配者の存在を知る〉の、その方法は、直接目撃するということでもいいのですが、気配を感じたり、何らかの手掛かりを得て、後で魔道書などの資料によって正体を知るといったパターンもあります。

 〈安全な場所〉は、とりあえず探索者が一時的にでも落ち着ける場所ならどこでもいいでしょう。

 〈猟犬が追ってくる〉の《猟犬》はクトゥルー神話の設定の中から使えるものを探してもいいですし、正体不明のまま終わるのもありだと思います。二項目の《旧支配者》と《猟犬》で表現を分けたのは、この両者が同じ存在とは限らないと思ったからです。例えば「ダゴン」の場合、この作品だけ読むと目撃されたダゴンがそのまま追ってきたとも思えますが、「インスマスを覆う影」を経た神話設定で考えると、目撃されたのはダゴンだとしても、追ってきたのは〈深きもの〉だと考えた方が自然に思えます。


 さらに他の《猟犬型》の使われ方として、ブライアン・ラムレイ『地を穿つ魔』では、第三章「迫りくる危機」がよくできた《猟犬型》の手記になっていました。ラヴクラフト「クトゥルーの呼び声」の教団の存在を知ったものが狂信者の手で暗殺されるという展開もこの型と言えます。これらのように《猟犬型》のエピソードは、長めの作品に部分として組み込まれることも多いのです。

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