12話 ヒキニートにも過去はある
「歩くんは今年一年、どんな年にしたい?」
「現状維持、と言えばあんまり聞こえは良くないかもだけど、今の俺にはこれで十分すぎるからなぁ」
「なるほどねー、私も今が楽しいよ」
年が変わったとは言え、日常はたいして変わらず、他愛もない会話が今日を彩る。
「歩くん、お仕事は明日からだったよね?」
「そうだな、正月もあっという間だったなぁ」
心なしか綾香のテンションが低い。普段なら『頑張れ!』か『またひとりぼっちは寂しいよ~』のどちらかの反応があるのに。
「元気なさそうだけど、どうかした?」
「えっ、いやいや、元気だよ」
そうは見えないけどな。まぁ、いきなりの同棲生活にも息抜きは必要だろう。
「綾香は行きたい所とかないの?」
「行きたい所か……そうだなぁ、強いて言えば、灯台かな」
「大学なんかに何しに行くの?」
「その東大じゃなくて、海辺にある灯台」
普通に考えたらそうか……何か恥ずかしいな。
「じゃあ、行く?」
「……うん」
綾香は引きこもりだが、そこまで重度のものではなく、例えば視線恐怖症・対人恐怖症の類いが原因の引きこもりではないから、案外誘えば外出はする。
だけど、どうして灯台なんかに行きたがるんだ?答えはどこからも出てくる事はなく、隣町の岬へと着いた。
1月の海辺は防寒具を切り裂くように、俺たちの体温を奪っていく。誰もいない岬。その分、海は荒れ狂っている。昔の人々がポセイドンといったような海神を見出だすのも当然のように感じる。
「ここはね、思い出の場所なんだ……」
「へぇ、どんな思い出?」
「高校生の頃の私が好きだった、片思いしていた男の子と最後に来た場所」
「そうなんだ……告白はしなかったの?」
「うん、勇気がなかったから。それに……出来なくなっちゃったから………」
「……引っ越したとか?」
「交通事故で死んじゃったんだ」
「……!」
「私とこの灯台に来た帰り道に。わざわざ反対方向にある私の家まで送ってくれて。お別れしたその帰りに………」
「そんな……」
「今日がその日なの。だから毎年この日は辛いんだ……」
俺は突然の告白に、ただただ呆然と、綾香の重々しい言葉と波の音を聞くしかなかった。
「ごめんね、彼氏に言うことじゃなかったかな」
「そんな事ないよ、俺は話してくれて良かったと思ってる。
それに、今度こそ、俺は綾香に幸せに恋をしてほしい」
「ありがとう。ありがとね、歩くんっ」
泣きながら俺に寄りかかる綾香。この一瞬は、塩の香りよりも、綾香の薫りの方が強く、波風に彼女が拐われないよう、強く抱きしめた。新たな一年の幕開けと共に。
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