第7話 現実


「1回目のレッキ行きますか!」


 初めてのレースで、舗装されていない道を走ることは瑠衣るいにとって新鮮な体験だった。真希音まきねは慣れた様子で運転しながら淡々とルートの詳細を瑠衣るいに伝えた。


「ここはR6でタイトゥン4でイントゥL2そのあとはオープン・・」


 瑠衣るい真希音まきねが言った指示を聞き逃さずに、ひたすらノートに書く事に専念した。

 そして、あっという間に1回目のレッキは終わった。瑠衣るいはゴールをしたことさえ分からず、ペースノートはぐちゃぐちゃな姿になっていた。2回目のレッキまでは時間があるので、急いで新しい紙に清書をして見やすく書き直した。その姿を見て真希音まきね瑠衣るいを落ち着かせた。


「2回目はノートを見なくて良いから!」

「でも確認しないと・・・」

「1回目である程度書いたなら大丈夫!」

「聞き漏らしてるかも知れないし・・・」

「ノートばっかり見てたらつまらないでしょ!今日は楽しもう」

「うん・・・」

「ほら、ノートはあとあと!」


 ペースノートは真希音まきねに取られてしまった。真希音まきねに言われた通りに2回目のレッキは外の景色をみることにした。1回目のレッキでは見ることが出来なかった景色は凄くキレイだった。森の中を突っ切り、たまに見える川などがとても神秘的だった。瑠衣るいは思わず声に出してしまった。


「すごーい」


 瑠衣るいの声を聞いて真希音まきねは嬉しそうに言った。


「でしょ!この道を私たちは通ってるんだよ!」

「なんか独り占めしてるみたい」

「本番は私たちしか走らないから、この景色を独り占め出来るんだよ」


 瑠衣るい真希音まきねの二人だけの世界に浸っていれる感覚は、ラリーでしか感じることが出来ないと思うと、幸せな気持ちになった。道が開けてきた先には終わりの旗が見えた。ノートばかり見ていて景色が全く見れなかった瑠衣るいにとって初めての光景だった。

 そして、瑠衣るい真希音まきねは本番に向けて最後の確認をしていた。


「クレストって何?」

「バンピーで車にダメージが掛かるから注意ってこと」

「バンピー?」

「えっと、凸凹な道だから車がジャンプするかもってこと」

「なるほど・・バンピーは凸凹な道っと」


 一つ一つの用語を確認する瑠衣るいに対して、真希音まきねは笑顔で言った。


「コーナーの手前で言ってくれれば大丈夫だよ」

「ごめん。初めての用語がいっぱい出てきて・・・」

「大丈夫だって!ノートに書いてあることだけを読み上げるだけで良いから」

「分かった・・・」


 そして、順番が回って来た。瑠衣るいは自信がなさそうに真希音まきねに言った。


「私がカウントダウンするね?」

「OK!よろしく」


 瑠衣るいは目の前のスタートシグナルを真希音まきねに伝えた


「5・4・3・2・1・スタート」


 後ろ髪を引っ張られる勢いでスタートした。瑠衣るいは初めてのG(重力)を感じ圧倒されていると、あっという間に最初のコーナーに近づいた。瑠衣るいはペースノートを見ながら真希音まきねに伝えた。


「えっとR4のショートで次がL3のオープン」


 瑠衣るいはあまりの速さにペースノートを見ることで精一杯だった。ただノートに書いてある指示を読んでるだけだった。真希音まきね瑠衣るいの指示通りにハンドルを曲げた。

 しかし、段々と実際のルートと指示が違う事に気付いた。


「次がR5タイトゥンで・・」

「いや、前見てよ!次のコーナLじゃない?」

「あっごめん」

「良いから次の指示して」

「えっと、クローズヘアピンRで」

「それ、さっき通ったから次!」

「えっと・・・」


 瑠衣るいの頭は真っ白だった。今どこを走っているのか分からなくなったのだ。真希音まきね瑠衣るいが反応しないことを心配して強く瑠衣るいに聞いた。


「ねぇ!この先の指示は?」

「分からない・・・」

「じゃあ、次は?」

「・・・分からない」

「どこから分かるの?」

「ごめん・・・ロスト」


 ロストつまりこの先の道が分からないと言う事だ。コドラが一番言ってはいけない発言である。瑠衣るいは泣きそうな声で伝えるので、真希音まきねは笑いながら瑠衣るいを慰めた。


「OK!70%の力で運転するから、瑠衣るいは景色でも楽しんで!」

「ごめん・・」


 道が分からないはずなのに、躊躇なくアクセルを踏みスピードを上げて行く真希音まきねは本当にカッコ良かった。瑠衣るいは改めて真希音まきねの凄さを知る事になった。

 そして、ゴールした。タイムも悪くないタイムだった。瑠衣るいはヘルメット越しでも分かるくらい落ち込んでいた。瑠衣るいにとって現実を突き付けられたショックは相当なものだった。しばらくして、瑠衣るい真希音まきねに尋ねた。


「私・・・向いてないのかな・・」

「最初だから仕方ないって・・・」

「私は助手席で荷物になってたってことでしょ」

「そんな事ないって、前半までの指示は分かりやすかったし・・」

「そう・・・」


 かなり落ち込んでる瑠衣るいをどうやって慰めるか、真希音まきねは戸惑っていた。そして、気まずい時間が車内に漂いながら、駐車場に戻った。英玲奈えれなは私たちを見つけると、手を振り笑顔で出迎えてくれた。


「タイム見たけど、これなら真ん中の順位だーねー」


 英玲奈えれなの言葉に瑠衣るいは落ち込みながら言った。


「全部、真希音まきねの実力だよ・・私はお荷物だし・・」

「えっ?なんで~?」

「私は何もしてないから」


 慌てて真希音まきね英玲奈えれなに説明した。


「いや~実はページロストしてさ~」


 落ち込む瑠衣るいの姿と焦る真希音まきねの見て、英玲奈えれなは全てを理解して瑠衣るいに優しく言った。


「マッキーのお父さんだって、一番最初はページロストしたんだよ~」


 瑠衣るい真希音まきねに驚きながら尋ねた。


「えっ?そうなの?」


 真希音まきねは一番最初のレースを思い出しながら言った。


「そう言えばそうだったな~。オヤジは日本語で指示するの慣れてなくて、途中でロストして私が怒ったっけな~」


 英玲奈えれなは笑顔で瑠衣るいに向かって言った。


「つまり、誰でも最初はロストするって事!次の課題はロストをしないだね~」


 瑠衣るいは落ち込むのをやめて2人に言った。


「そうだね。ありがとう!」


 真希音まきねは思い出したように、英玲奈えれなに質問した。


「あと、英玲奈えれな!何もパーツ変えてないだろ?」

「変えたも~ん」

「どうせ、新品に交換しただけじゃないか?」

「せいか~い~」

「なんだよ・・・それ・・」


 英玲奈えれなの答えに真希音まきねはため息が出てしまった。英玲奈えれな真希音まきねに対して、ふてくされながら言い訳をした。


「だって~完璧にセッティングされてるから変える必要なかったんだもん~」


 真希音まきねは呆れながら英玲奈えれなに言った。


「そりゃ、オヤジが作った車だからな・・・」


 帰る時には瑠衣るい真希音まきねもぐっすり車内で寝ていた。そして、瑠衣るいの課題も見つかった。工場に着く頃にはすっかり暗くなっていた。三人の挑戦はまだ始まったばかりである。

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女子高生だけどラリー始めました。 りゅーや @rise-ryuya

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