第10話 祭りのあと

源氏物語「葵」脚色


皆さんお久しぶり!

作者の方に諸事情があってなかなか更新されなかった社畜惟光物語も残りあと三話か四話。


前回までのあらすじ。


わが主の光る君が一夜だけのアバンチュールの相手が政敵右大臣の娘だったにも関わらず右大臣家のパーティーに招かれて意中の姫君を見つけ出しちゃったよ!


となんか異次元転生タイトル風で失礼いたしましたが、恋多き男は失う愛もまた多いもの。


今回は光源氏が失う愛についてのお話。


惚れた相手には真っ先に突っ走る傾向のわが主に


「この姫だけはいけません。次代の天皇の妻になるお方と通じたら我々侍従も破滅です」


ときつーく釘を刺したのが功を奏してか、それとも近衛大将に昇進なさって軽々に夜遊び出来ないお立場になられてか、


この頃の光る君はお務め以外の外出はご正妻葵の上と紫の君のご機嫌伺いだけ。


この年、お父上の桐壺帝が正式にご長男である朱雀帝に譲位なさり、新しい天皇の御代が始まった訳ですが…はい、思い出してください。


朱雀帝は光源氏の腹違いの兄君ですがご生母は光る君の母上、桐壺更衣を嫉妬でいじめ殺した弘徽殿の女御。


このBBAが新しい帝の母親になり女御の父親である右大臣一派の権力が強大になったのに加えて意中の姫、朧月夜の君に会いたいけれど右大臣家のガードが固くて…


光る君にとっては全っ然面白くないんです。


ある日、光る君がたいそう落ち込んでいらしたので「どうしたんですか?」と尋ねると主は膝を抱え込んで


「ゆうべ『六条御息所の扱いがぞんざいではないか?』と父院にきつーく叱られちゃってさ。はぁー、どうしたもんかねえ惟光」


仔細はこうです。

光る君の恋人の一人、六条御息所は七才年上の才媛マダム。


最初は好奇心と他の貴族のボンボンに負けたくない対抗意識から焦って御息所と関係を持ったのですが…彼女のそばにいると自分の全てが劣っている気がして三、四回通っただけで足が遠のき、はっきり言って自然消滅も同然。


この間御息所の娘さんである皇女が伊勢斎宮に選ばれたのを機に父院は光る君を呼び出し、


「六条御息所は我が亡き弟の未亡人で義理の妹だし、その娘の新斎宮も我が娘同然に思ってるんだ。私にとっての大事な人をお前が一夜限りの女みたいに扱っているのは本当にいけないことだ」


とかつて無く厳しくお叱りになったの言うのです。


あーつまり、御息所を正式に妻にするのか伊勢に行かせてすっぱり関係を断つかハッキリせい。


ってことですね。


「六条に足が向かないのは気持ちが醒めちゃってるってことでしょ?」


「多分そうかもしれない、でも逢ったら逢ったで綺麗な人だしさあ…」


と頭を抱える主に僕は

「およしなさい、今更なんです?この際伊勢に行っていただいて関係を精算した方がウィン・ウィンです」


とぴしゃり言ってやりました。


「そ、そう思うかい?惟光」

光る君はダブルピースをして指で某特撮怪人の如くちょきちょきし、


「ええ、今は妊娠中のご正妻をいたわって新婚の頃からの溝を埋めちゃいましょーよ」

 

と僕も同じ動作でちょきちょきしました。


此度、仲の良くなかったご正妻の葵の上が結婚十年目にしてやっとご懐妊し光る君は父親になる嬉しさのあまり左大臣邸に通いつめてるって訳です。


いくら仲が悪い夫婦でも子供が出来ることはしてるんですね。


そりゃー他の愛人への足も遠のきますし、なぜ来ない?と恨みの手紙の十や二十も来ましたがそれは僕の所でシャットアウトさせていただきました。


だって、この際一番媚を売って得する相手は後見人で葵の上の父親である左大臣ですからね!


夏になり、賀茂祭の勅使という名誉な役割を我が主が務める事になり一条大通りを馬で通り過ぎるメインイベントを終えるまで僕達侍従は知りませんでしたが…


祭りの見物の前に御息所と葵の上の間で大変なバトルが起こっていました。


実は御息所、娘について伊勢に行く決心はついたものの最後に光源氏のお姿をこの目に焼き付けたい。とこっそり祭り見物にいらしてたのです。


そこに葵の上の御車が着き随員の男たちが後から来たくせに「我々は源氏大将の正室である」と身分の低そうな車をいくつか強引にどけさせ、いかにも訳あり貴人のお忍びの車に御息所が乗っている、と勘付いてしまった。


「愛人ふぜいがのこのこ来るな!」

祭りの酒の勢いで随員たちは御息所の御車の一部を破壊して奥に退けさせて場所を奪い、行列が終わるまでの間御息所は壊された車の中で屈辱に耐えていたのです。

おいたわしや。


「なんということだ。あの誇り高い人がが受けた屈辱は如何ばかりか…随員たちを止められなかった妻も妻だ」

「で、どうなさいますか?」


翌日、僕の報告を受けた光る君はすぐに六条の御息所家に謝りに行ったのですが「今は斎宮(神)さまがいらっしゃるので」と門前払いを喰わされました。


「当分、左大臣家には行かない」


ときっぱりと仰せになり、勅使の役目を終えた光る君は若紫ちゃんと車で祭り見物をしてきゃっきゃはしゃいだりばったり出くわした五十過ぎの元愛人、源内侍げんのないしのすけと歌詠みあってラブ・アフェアごっこしたり、と


現実から逃げるようにお祭りを満喫なさっておりました。


そのお背中に


逃げるとどんどん大変な事になりますよ。


とご忠告申し上げたかったのですが社畜の立場で言える事ではございませんので。


夏の終わり、葵の上はいよいよお産を迎えますがこれがかなりの難産で、比叡山の高僧たちまで呼んで加持祈祷にかかりましたが、


「奥様には沢山の念を持った者たちが取り憑いていましたが皆祓いました。しかし並外れて執念深く離れない霊が居る」

 

との報告を受けて光る君はまさか…とは思ったようです。


しばらくして陣痛で苦しむ葵の上がそばに来て欲しいと夫に懇願し、憔悴した妻の顔を覗き込むと、

「祈祷が…苦しいです…ゆるめさせてくださいませんか?」

と、

言った声と顔はまさしく御息所のものだった。この世のものとは思えぬくらいゾッとした。


と光る君は後でこっそり話してくださいました。 


やがて人が入って来ると元の葵の上になり女房たちに抱えられた葵の上は男の子を出産、元気な産声が左大臣家に響きました。


後の跡取り、夕霧くんの誕生です。


秋になり、お産で体力を奪われた葵の上は床の上で夫の出勤を見送ると間もなく息を引き取られました。


「病床で眠る妻の美しさったらもう…結婚して何年にもなるのにどうして大事にしてやらなかったんだ、って今は後悔ばかりだ」


と葵の上の忘れ形見夕霧くんを抱いていくら泣いて詫びてもあの方はもう戻って来ない。


美貌、才能、皇族という地位。父院からの寵愛。


全てを持って生まれて来た者の人生とは失う事の連続だ。


と思い知らされた秋、あの時に見た怖いくらい真っ赤な夕焼け空を僕は忘れられません。


葵、という夏の花が終わり遺されたのは秋の夕霧でした。




祭りのあと、終わり。


次回

「そこに合意はあったのかい?」に続く。

























































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