第11話 そこに合意はあったのかい?

源氏物語「葵」脚色


光源氏の社畜、惟光くん物語もいよいよ佳境。


今回は衝動に負けた光源氏

(いつも負けっぱなしじゃねえか。なツッコミ全て受け止めます)

が焦ってやってしまったお話です。


正室葵の上を亡くした光る君は妻の弔いと産まれたばかりの夕霧くんの誕生祝いの儀式を同時進行させなければならず、葵の上のご実家左大臣邸にこもりっきりです。


夕霧くんが笑えば「ごらん、この子は私によく似ている」とお喜びになり次の瞬間には「お前も生まれてすぐに母を亡くしてしまったね…そんな不幸まで父に似なくていいのに」と夕霧くんのふくふくとしたほっぺに涙をこぼされる我が主を我々侍従は辛くて見ていられません。


しかし、世間というのはとことん勝手なもので、


光源氏の次の正妻には誰がなるのか?


初恋のいとこで桃園式部卿宮家の朝顔の元斎院さまか?


または桐壺院側室、麗景殿の女御の妹君の花散里さまか?


やっぱり長年の愛人六条の御息所を妻になさるのが誠意なんじゃないか?


なーんて女性週刊誌な噂が都のあちこちで飛び交っているなんて僕達主従はちっとも知りませんでした。


まだ葵の上の喪が明けてないのに後妻探し活動するほど我が主は腐ってませんよ!と胸を張って宣言したかったのですが…


既に朝顔の元斎院に求婚のラブレターを送っていて、

き遅れの元斎院に求婚なさるのは嬉しいですが私、他の女たちみたいに男に振り回されて不幸になりたくないし、一生独身でも食べていけますから」


とばっさり断られてた上に他の愛人たちにもマメに手紙を送ってました。


やっぱり腐ってました。はい。


花散里の君も「正妻なんて畏れ多いわ。私は今のままでいいんです」とやんわりお断りになり、


残る六条御息所とは前回の賀茂祭以来面会を断られていますが途切れもなく文を送っているご様子。


一番心配していた朧月夜の君の事ですが…右大臣家の方から何の音沙汰も無いのでバレてないようだ。

と思ってここは一旦スルーします。


(後に一番大変な案件になりなすが)


落ち込んだり気が滅入ったりすると我が主は決まって二条の若紫ちゃんの所に向かいます。


光る君にとって若紫ちゃんとは、


幼く溌剌とした汚れなき乙女の遊び相手をして世俗と痴情にまみれた我が心を清めるための存在であり、


お嫁さんにするのはもう少し先、なのかな〜。


と呑気に構えて参りましたが…


あのヤロウが既にやっちまっていた事を知ったのは僕が二条院の南側の座敷に呼ばれて我が主に亥の子餅を渡され、


「えーとこの餅をね、大げさにはせずに明日の夜更けに改めて持ってきてくれないかい?今日は祝い事には吉日じゃないのでね」


と仰った時に全て察しました。


餅を夜中に送るというのは男女の新枕(初夜)が成立した時の正式な結婚の手続き。


主と若紫ちゃんが男女の仲になってまだ二日目だから三日目の明日に三日夜餅みかよもちを持ってきて正式な結婚の儀式をしたい。

という現代でいうなら入籍手続きのサインです。


あーやっちまったんだなこの人。と思いはしましたが口の方はさも嬉しげに、


「そ、そうですねっ!おめでたい事ですから亥の子餅ではなく日を改めての子餅をこしらえたほうがよろしゅうございますね。で、分量は如何程?」


と三日夜餅受注のビジネス例文を諳んじておりました。


「そうだね、この三分の一の量で」


「かしこまりました」


翌日の夜中、僕は家でこしらえた三日夜餅を持って二条院に赴き若い女房に「これを姫様の寝室に届けてあげておくれ」と頼むとその女房は不審な顔をして「こんな疚しい取引のようなお使いは初めてだわ」と言うじゃありませんか。


あれ?光る君と紫の君との既成事実を僕以外誰も知らない?


と、取り敢えず役目は果たしたんだし一旦帰ろう…


翌朝、紫の君の寝所から最高級の装飾の餅の箱が空になって出てきた事で周りの女房たちはそこで初めて光る君と紫の君の結婚を知ることとなったのです。


「んもう、大将の君はなんで古参の女房である私達に真っ先に伝えなかったのかしら?」


と最初は不思議に思っていた女房たちでしたが、


光る君が姫様と正式に結婚して下さった。


という安堵と嬉しさが勝り葵の上の喪がまだ明けていない頃でしたので二条院ではささやかな内祝いが行われました。


僕は主に、

「それにしても、奥様の喪中とはいえなんでこんなに秘密裡に結婚の儀を進めなきゃいけなかったんですか?」


と祝いの酒の酔いに任せて素直な疑問をぶつけると光る君はばつが悪そうに仰ったもんです。


「実は、久しぶりに会った姫がすっかり大人らしくなり、いつものように傍で熟睡している姿を見てもういいんじゃない?と劣情に負けてその…強引に。

まる二日間口を聞いてくれなくって困ってたんだ」

 

「あーつまり、性的合意が無かったんですねてって、怒らせて当たり前です!よく姫が許してくださいましたね…」


なんとか女房に説得してもらって姫君は解ってくれた。

と光る君は言っていましたが新妻、紫の上は実はこの事を根に持っていてかなーり後で出家、つまり家庭内離婚を願い出て夫を絶望の縁に追いやりますが…


そーんな事、後の僕の人生には関係ありませんから!


とにかく姫のお父上の兵部卿の宮様にもご挨拶して姫はお父上と再会を果たし、このご結婚を機に姫は紫の君から


紫の上と呼ばれる事になります。



従三位公卿になる男、藤原惟光の社畜人生はもう少し続く。


「そこに合意はあったのかい?」終わり


次回「行き行きて、須磨明石」に続く













































 



 
















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