第9話 花の宴に立場も朧

「花宴」脚色、光源氏二十歳の春。


のっけから僕は怒り心頭で我が主を尋問しています。

僕と光る君との間には見るからに高貴の姫のものと思われる扇。

こうして膝付き合わせて光る君が目を合わせてくれないのは、


それは本当にやっちまったかもしれない…とお思いになられているからなのです。


「では、この扇の持ち主は本当に右大臣家の姫君のものだというんですね?」


「た、たぶんそうだと思います。惟光さん…」


「へぇ~『たぶん』とは?」


「お互いちゃんと名乗り合わずに別れたからです」


「まあ一晩のアバンチュールではそういう事も多々ありますが…なんであんた後宮の弘徽殿に忍び込んでそこの姫君と致しちゃってるんですかっ!?」


解ってます?解ってますよね!?

弘徽殿の女御はその昔光る君の母上桐壺の更衣を嫉妬でいじめ殺して今も光源氏の失脚を狙っている執念深いお人だという事を。


と、僕は「五分でわかる光源氏の立場」をご本人に向かって説明すると光る君はこっくりとうなずかれ、


「だってあの夜は宮中の花見の宴の後でさ、みんな酔ってて僕もこのまま自室の桐壺に帰るのも惜しいな、と思って外をうろうろしてたんだ…」


光る君が帝の奥さんたちが住む後宮に帰る?ってくだりにハァ?ってなった読者さん達もいるかと思われますが、説明します。光る君はお母上亡き後も桐壺の主として後宮に住むことを許されていたんです。


お父上の帝の溺愛っぷりに遠慮無くドン引きなさって下さい。


昨年の上皇(光源氏の祖父か)の五十のお祝いで舞われた青海波があまりにも見事だったんでご褒美に参議に昇進し、ついでに僕と良清の従者たちも出世してこの世の春が始まったなあ。と思っていたところに、


このお坊ちゃんは自ら人生の桜吹雪をはたいて散らすような真似しくさるんだからよお!


☆※△■◇$ぁ!


作者

「惟光さん錯乱しないで」


惟光

「(ぜぇぜぇ)あ、すいません…不適切ワードを言ってしまったようで。話を戻しましょう」


光る君が言うには


「後宮の周りをうろついていたら


(本当は意中の人、藤壺中宮がいる藤壺に忍び込みたかったが厳重に閉ざされていた)


弘徽殿の戸口が開いててさ、おやおや警備のゆるいこと。間違いがあったらどうするんだ?と思って試しに忍び込んだんだ。そしたら」


朧月夜に似るものぞなき


といい声で歌っている若い姫が居たので嬉しくなってつい袖を取って抱き締めてしまった。


彼女は最初怯え声を上げて人を呼ぼうとしたが「こうして春の夜に出逢えたのも前世からの縁だから」となだめて一室に連れ込み、「私は何をしても許される身なんです」と暗に光源氏であることを明かすと相手の姫は、


え?宮中のスーパーアイドル「あの」光源氏が私の目の前に!?


という嬉しさとこのまま追い返すのは相手に申し訳ないという思いで成り行きのままに光る君と姫は行き着くところまで行き着いてしまった。


「相手が初めてだったんで弘徽殿の女御の妹のうちまだ独身の五の君か六の君だと思うんだけどね。六の君だったら気の毒な事をしたなあ」


そこまで聞いて僕しばらく呼吸が止まりました。


右大臣家の六の君といったら春宮さま(皇太子で源氏の兄)の後宮に入内予定の姫君じゃないですか。


「…あんた、皇太子の婚約者に手を出した。って何て事言ってくれてるんですか?こんなことが弘徽殿の女御に知れたら僕たちの立場は」


「右大臣に知れて大仰に婿として扱われるのも嫌だし(そこかい)あの姫が何者かもちゃんと確かめたい。お願いだから惟光」


来た、主からのお願い。


「任せて下さい、この惟光調査させていただきます」


早速僕は良清と交替で弘徽殿の出入口に張り込みを続けて幾日か経つと右大臣の家族たちが次々と御車に乗り込み弘徽殿から出ていくではありませんか。


「女御さまの甥の頭の弁まで出ていったのですからお目当ての姫も実家に帰ってしまわれたものと思われます。残念ですが」


そうか、いい女だったのに。と光る君はとても残念がっておられたけれどそこは二条院に戻って紫の君の遊び相手をして寂しさを紛らわせておいででした。


これで諦めてくれれば良かったんだけど、波乱の運命というものは向こうからやって来るもんですねえ。


光る君はお父上の桐壺帝に呼び出され、


「実は右大臣からお前に内親王(光源氏の姉妹)の裳着の式(成人式)のお祝いに出てやってくれないか?というお願いがあってね。お前も将来の付き合いのために宴に花を添えて右大臣に恩を売ってやれ」


とお命じになったのです。


右大臣邸では親王さまがたを招いての藤花の宴が幾日か続き、もう一同あのひとに逢いたい。という一念で光る君は内親王さまのご休憩所に堂々と入って、


「深酒をすすめられてひどく酔ってしまいましたよ、しばらくここで私を匿ってくれませんか?」


とわざと御簾に半身寄っ掛かって内部の様子をに探りを入れることにしました。


「あらあら、皇子さまが親類の縁故を頼るだなんて珍しいこと」

と、女房か姫かは解らぬが品のある声。


この人だろうか?


よし、あの夜扇を交換した姫にだけ解るワード。


「(高麗人に)扇を取られてからき目を見る(扇を取られて辛い目に遭っておりますよ)」


と御簾の向こうの右大臣の子女たちに話し掛けて見ると、


「んまあ、おかしな高麗人こまうどもあったものですね」と返す女の声がした。


違う、この人ではない。


やがて何度もため息が聞こえる方へ寄って御簾の下から彼女の手を取り、


あづさ弓いるさの山にまどふかな

  ほの見し月の影や見ゆると


(月の入るいるさの山の周辺でうろうろと迷っています

  かすかに見かけた月をまた見ることができようかと)


と歌うと相手から、



心いる方なりませば弓張ゆみはり

  月なき空に迷はましやは


(本当に深くご執心でいらっしゃれば

  たとえ月が出ていなくても迷うことがありましょうか)


という返歌。この声は間違いない、あの夜の姫だ。見つけた…!


こうして光る君は朧月夜おぼろづきよの君と再会し、


兄の婚約者で政敵の娘。

という禁じられた恋に燃えて燃えて消し炭になるくらい焦がれるのです。


ったくもう、あれほど一夜限りにしとけって言ったのに!












































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