第8話 紅花姫、焦らないで光くん

はいは~い、私の名前は大輔たいふ命婦みょうぶ


今回の常陸宮の姫君に関しては惟光くんに代わって光源氏のやっちまったストーリーの語り部を務めまーす。短期間のお付き合いですけどよろしくお願いしまーす。


前回までのあらすじ


宿直の時に私が世間話ついでに私の祖父、故常陸宮さまの末娘の姫君の不遇を光くんに教えるとちょうど「身分はそんなに高くなくてもいい心安らげる恋人(つまり夕顔の君の代わりだ)が欲しい!」とこぼしていた光くん、


「早速姫君の琴を聴きに行こう!」と常陸宮邸に押し掛けて来てしまった!


「常陸宮に似てその姫君も琴の名手なんだろーなー、それにこのように誰のおとずれも無い荒れた家にこそ思いもかけず美人の娘が住んでるんだよなー」


ともう期待を越えて妄想を暴走させながら待っている光くん。本当は姫の演奏、下手なんですう(泣)


姫君の琴の腕前がバレないようにかつ、光くんに不快な想いをさせずに帰っていただく方法をキャリア宮中女官である私は思い付いた。


その間0.05秒。


やがて姫君がかすかに爪音を立てながら演奏を始め、ほとんどチューニングである弾き始めだけ聴かせて…


「ほとんど月の明かりの無い暗い夜ですわねっ!

やだ私ったら今夜ボーイフレンドが来るのをうっかり忘れてた!このままでいるのよ居留守を使ったようで相手に失礼ですからまたの機会にゆるりと聴きに来てくださいねっ」


と慌てて格子戸を閉めさせ音が漏れないようにし、姫君の演奏を止めさせお部屋に帰すことに成功したわ。よし。


「あ…あれじゃ上手いか下手か分からないじゃないか!命婦。せめて姫君の衣擦れの音が聞こえる近くに寄せてくれないか?」


私はここで光くん、姫君に好意を持ったわね。と内心にやりとしたわ。


「今夜はダメです。心細く暮らしている姫君の所にいきなり男の人を通すなんてそんな不躾な」


光くん、相手は宮家の姫君という高貴な身分のお方だ。このまま強引に押し倒すのも(おい)失礼だな、と思い直して「私の気持ちをあなたの方から姫君に伝えておくれ」と伝言したから帰り支度をする光くんに、


「帝(光源氏の父、桐壺帝)は


『光は真面目すぎて色の遊びをほとんどしないからそこが心配の種でもあるんだよな』


とこぼしていらしたけど、私にはおかしくってならないわ。このように人目を忍んで夜遊びしまくっている貴方のお姿を帝はご存知ないんですもの」


と言ってやったら彼ったら私のもとにわざわざ戻ってきて、


「まるで自分が品行方正な女です、って言い方してるけどねえ…僕が好色なら君の奔放過ぎる恋愛生活は一体なんだというの?」


と逆にやり込められてしまいましたわ。本当のことですので私は何も言えなかったんですけどね。


さてそれからというものの…

常陸宮の姫君は光くんどころかなんと頭の中将からも求愛の文を頂いてしまったの!


こういった事は初めてな姫君は返事の文も書けないまま徒に日々は過ぎて都で一、二を争う貴公子たちは、


こんなプライドの高い相手は初めてだ!と表面何の事はないふりしていながら内心焦るばかり。


「命婦頼む!私と姫の恋の仲立ちをしてくれ!」と光くんがせがむので


「あのー、お屋敷にお通しした貴方はともかく何で頭の中将まで?」


と聞くと光くんはばつがわるそうに

「実はあの十六夜の晩…頭の中将に尾行されて常陸宮邸の事がバレてしまった」と白状した。


「もう狩衣なんか着て身分の低い男が見物してます。って風に凝った変装してたから僕も気づかなくてね。帰りに捕まった僕は『妹(正妻葵の上)には黙っててあげますから』と言われたけど、あの夜、中将の競争心に火が着いたのは間違いないよ」


ははあん、光くんの姫君への執着は…頭の中将への対抗心からか。とぴんときた私ははっきりと、

「私の知っている限りですけれど、あの姫君は本当に世間知らずでただ恥ずかしがりやで源氏の君を満足させて下さる貴婦人ではないと思います」


諦めた方がいい。という意味で伝えたんだけど光くんは、


「でも…でもあの零落した姫君のことが頭から離れないんだ僕がこんなに思い煩っているのも最初に姫の話をした命婦のせいなんだからねっ!」


ぬわんと、全ての原因が私であるかのように文句をたれた。コノヤロウ。


私としては父方の叔母にあたるあの姫君を浮気者の光源氏に近づけるのが嫌だったんだけれど。


宮邸の女房たちは困窮しているし姫君が世話してくれる殿方を捕まえないと明日の食べ物にも困るし、もし光くんと縁付いて将来捨てられる事があっても、


それが男と女だ。仕方がない。


と恋愛というものを軽く見ていた私は一回だけ戸越しに会話をさせてそれで光くんが諦めてくれたら、と思って姫君のお部屋の襖子からかみをきちりと閉めて蔀戸まで閉ざして、姫君のお部屋の隣に席を設けて二度目の訪問を許したわ。


一度も会話をしたこともない、何度文を送っても返事してくれない相手をどうすればよいか、まあ命婦がなんとかしてくれるだろ。


と気楽に構えていた光くんだけど、襖子の向こうの姫は乳母子の侍従を傍に付けてガードが固く、


試しになんでそんなに貴女はつれないのか、という内容の歌を二つばかり詠んでも侍従が代理で返歌するばかり。


我慢も限界、煩悩に負けた光くんは

「私をこんなにさせるのは頑固な貴女が悪い」と自ら襖子を開けて強引に姫の部屋に押し入ってしまったの!


しまった、油断した!と私は何の心構えもなく初夜を迎える姫君を気の毒に思ったけれどこうなったら後はなすすべもない。

私は自室に逃げ戻って夜が明けるまで眠れず、あのあわて者がっ!と歯噛みしていたわ。


夜が明けぬ内に光くんは帰り、その後の宮中行事に忙殺されて姫君の所には来なかった。


「まさか常陸宮の姫君を一夜限りの遊び相手と思ってないでしょうね?せめてあと二夜は来てくださいよ」


三夜通わないと結婚が成立しないでしょうが。という意味で私は参内した光くんに詰めより、行事が一段落してから光くんは常陸宮家に通うようになったわ。


光くんの援助で姫君と女房の生活には不安が無くなり、私は下宿先の常陸宮邸の人々に感謝されましたとさ。


めでたしめでたし。


「…と言いたいところなんだけれどね。あの雪の朝の事は惟光が知ってるからバトンタッチするわ」


惟光、ICレコーダーを傍に置く。


忘れもしません、あの雪の朝。

光る君を迎えに行った僕は、


く~っ…「頭の中将を出し抜いて」零落した高貴の姫君のお世話をするのは男としてたまらん…と主を羨みながら、常陸宮邸から出た光る君のお顔は、


何か物の怪以上のすごい存在に出会ってしまった。


といったご様子で目も虚ろでお顔の色も蒼白でいらした。僕が何を聞いても「頼むから声をかけないでくれるか」と一言だけ仰って帰宅後、一日引きこもっておいででした。


頭の中将がしつこく聞き出そうとしても姫君のことは男にはだんまりで。


後日談は命婦さんにバトンタッチします。


忙しいインタビューでごめんなさいね。


あの朝、光くんは本当はずっと避けていた姫君のお顔を雪明かりの中まじまじと見てしまったんです!


まるで普賢菩薩が乗っている象の鼻みたいに途中で折れて垂れ下がった真っ赤なお鼻に高く張った額。顔色は雪よりも白く青ざめていて可哀想なくらい痩せた体に防寒のための過剰な重ね着、肩には黒貂の皮衣。


異様に上下に長いお顔。姫君の容姿で形がいいのは頭の形と、髪のかかりぐあいだけ。


「とにかくまあなんといっていいか…すごい。という言葉しか無かった」


これが光くんが参内した時私に話してくれたこと。私が「これは姫君からのお手紙ですけど」と時代遅れの厚ぼったい壇紙に薫香を焚き付けてある手紙とこれまた言いようもないきつい臙脂色の直衣のうしを差し出すと彼は苦笑して手紙の端に、


なつかしき色ともなしに何にこの

  末摘花すゑつむはなを袖そでに触れけん


(格別親しみを感じる花でもないのに

  どうしてこの末摘花すえつむはなを手にすることになったのだろう)


と書き付け、「あの家の女房の暮らしぶりは賢所の女官みたいに古風ななりをしていて老いた者ばかりで可哀想でね。

うん、亡き常陸宮の御霊みたまが末娘を心配して僕と引き合わせて下さったのだ。そう思わないと」


と言いきった彼の顔を見て…おや、少しは大人になったな。


と思ったわ。


それにしても姫の特徴である真っ赤なお鼻を


末摘花(紅花・あかいはな)


と呼んだのは洒落っ気なのか優しさなのか、未だに解らないけれど、他の男は飽きた女をすぐ捨てるのに一度縁あった女性を絶対見捨てない性分は彼の美点だったわね。





「紅花姫、焦らないで光くん」終わり。

次回「花の宴に立場も朧」に続く。


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