第7話 十六夜焦り命婦

作者

「ちょ…惟光さん、一体どこまで私をつれ回す気ですか」


惟光

「『源氏物語』の話どおりにインタビューなさるなら僕よりも詳しい人がいますのでその人のお家にご案内します!」


作者

「まさか奮発してこじゃれたランチを食べる店がぽつぽつある上乃裏(上通の裏道)が一瞬して迷路になろうとは」


作者が惟光くんに連れて来られた店は蔦がはびこった赤レンガの壁、重そうな木の扉の横にはランプ。


という中に魔女でも住んでいそうな外観で惟光くんがランプの下のインターホン(そこだけは現代的なのね)のを押して二言三言ささやくとすぐにかちり、と内側からドアが開いた。


惟光くんがいいと言うので木の床に赤いカーペットが敷かれた玄関に靴のまま上がって次のドアを開けて応接室に入るとそこにはティーセットとケーキが用意されたテーブル。


奥のソファには年の頃18、9ぐらいの女性が座っていてその格好はラズベリー色のウールのスーツ上下、頭には小さなスーツと同じ色の丸い帽子をちょこん、と乗っけている。


作者は彼女の全体を見て…

ケーキ屋のショーケースに並ぶベリーマカロンみたいな人だ。と思った。


作者

「初めまして、白浜です。惟光くんがあまり詳しくは知らない光くんとある女性とのラブアフェアを一番知っているあなたにお話を伺いたいと思いまして…大輔たいふ命婦みょうぶさん」


女性は頭に乗せたマカロンもどきを揺すってふふ、と笑い取材を許可してくれた。


大輔の命婦

「はいは~い、ワタクシこと光源氏の乳兄妹、大輔の命婦だけが知ってる光くんの若さゆえのやっちまったストーリー、教えますねっ!マナーなんて考えずに座って飲んで!ずっと暇してたんでお話したかったんだから」


作者、ICレコーダーの電源を入れる。


それでは語り部惟光に代わって宮女がもたらすある不遇にあるやんごとなき姫君のお話…


「サロンの娘、大輔の命婦ちゃん物語」


はじまりまーす。


はーい、私は「源氏物語」作中では大輔の命婦と呼ばれる宮中女官。


光源氏の乳母子めのとごです。


実は幼少時の光くんには乳母が二人居てね、一番光くんを可愛がっていたのが惟光の母で大弐だいに乳母めのと。もう一人が私のママで左衛門さえもん乳母めのとっていうの。


だから光くんと私は乳母子の関係で実のご兄弟より何でも話せる仲だったわけ。


光くんは宿直の時には必ず私を呼び出して暇潰しの話し相手やら身の回りのお世話やらのあんなことやそんなことなどさせておりました…まあ恋人の一人でもあったんだけどね。


相変わらず

「身分が高い所の女は疲れる!正妻の葵の上も六条のマダムも『私以外の女の所に通うのは許さぬ』って嫉妬深いんだよ…何処かにそんなに身分が高くなくて心安らげるいい女いないかな~」

と愚痴ってた光くんに私はなにかのついでに、


「そういえば私の祖父である亡き常陸宮さまの晩年に生まれた姫君が今は心細く暮らしておりますわ」


と話したところ「その姫の性格は?顔は?」と詮索するので私は正直、


え、そこに食いつく?

と思ったんだけど、


「私もお話相手に時たま通う程度ですのでその姫君とは几帳越しにお話するくらいでまともにお顔を見たこともないのです。姫君は琴を唯一のお友達として過ごしておりますわ」


「それはいい趣味だ…ねえ命婦、琴の音を聴きに常陸宮家に行ってみないかい?常陸宮は楽の達人と言われていた方だからその姫の演奏もさぞかし素晴らしいんだろうねえ…」


光くんの食いぎみを越えた妄想っぷりがあまりにも面白かったので、


「あなた様がわざわざ聴きに行く程の価値のある音色でしょうか?」


と私はわざと思わせ振りに言ってやったわ。


「行こうよ!この頃は朧月夜だし夜歩きには持ってこいじゃないか。宮中の仕事も暇みたいだし君ももう退勤していいよ」


こうした光くんのご執心ぶりを私は面倒臭いな。と思いながらも本当に宮中に居ても暇だったんで私はそのまま家に帰ったわ。


家、といっても私の家庭環境は結構複雑で皇族の血を引く兵部大輔ひょうぶのたいふであるパパと光くんの乳母だったママはとうに離婚してママは再婚相手の筑前守の赴任先である九州へ。


パパは再婚相手の家に住み着いちゃっててさ、私も継母に会いたくないから父方の祖父の家である常陸宮邸に部屋を借りて住んでたのよね。


そんな私の事情を知っていた光くんの、私に仲立ちさせて姫君に近付こうって魂胆は、見え見えだった。


十六夜の朧月の夜に光くんは本当にやって来て、私は「困りますわ、こうした天気は決して音楽に適しませんのですもの」とゴネてみたんだけど彼は、


「御殿へ行って、ただ一声でいいからお弾かせしてくれ。聞かれないで帰るのではあまりつまらないから」


と強いて言うので準備している間、私のとっ散らかした部屋に光くんを待たせておくのがほんっと恥ずかしかったわ。


し、仕方ないじゃない、これが仕事しているキャリア女官の現実よ!


姫君の住まう寝殿に向かう途中、格子戸を開けさせて姫君がお庭の梅の花を眺めていらしたのが廊下から見えたので、


なんだかいい風情、これは男女のマッチングに適した夜じゃない?うふふ。


と思いながら姫君のお部屋に挨拶に入り、


「今宵はなんとなーく琴でも聴いていたい夜だな~…なんて思いまして伺ってみましたの」

と伺ってみると几帳の向こうで姫君は、


「…でも耳の肥えたあなたの前で演奏しづらいわ。宮中に出入りする方に聴かせるような腕じゃなくってよ」


と謙遜しながらも素直に女房に琴をもって来させた。


私はこの時しまった、って思ったわ。


だってお屋敷にいるのは古今東西の名人の演奏に聞き慣れた光くんじゃない!


姫の演奏が謙遜じゃなく、本当に下手だっていうのがバレてしまう。


どーする、命婦!?


次回、紅花姫・焦らないで!光くん。


に続く


















































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