第4話 脱出

 前世紀的な世紀末観は、世界的流行を起こしたウイルスSARS-CoV-2、通称〈SARS2〉によって新世紀に現代となった。

「おい。二十人以上の集団密接には事前許可が必要だろ」

「逮捕における一時的人数増加、公務執行中の一時的増加だ。問題はない」

 トラックのコンテナ内で、死んだはずの男が俺のイチャモンに答えた。

 実は死んでしまった男ではない。

 この部隊のリーダー、原出特士は、最初に俺達を捕まえ、そしてヘリの場発で死んだ原出の双子の兄だった。顔だけではなく芝居がかった鼻につく喋りまで瓜二つだ。最初、この男を見た時、ゾッとしたが、事情が解るとその感情はウザさ倍増の方向へと向かった。

 トラックに詰め込まれた俺達は今度は物理的拘束はされず、ただ隊員達の構える銃によって威圧され続けた。どうやら俺の見立てでは、原出特士は精神的プレッシャーを与え続けるのが好きなサディストらしい。

「お前、俺らをさんざん拷問するつもりだろう」

「我らが作戦に協力してくれるなら、紳士的に振る舞うつもりだよ」

 ポジティブ。ブヒ。

 るふはがっかりした表情で俺を見ている。まあ、助けてやると言った途端にこれだから仕方がないだろう。しかし俺にも計算があるのだ。

「自衛隊はその〈ラブドール〉の機能に気づいてるわけだ」

 キバはシーツを身にまとったまま、無表情でシートに座っていた。周りの連中は銃を突きつけているが、そんな物は無用の警戒だろう。そいつは完全無個性のただの〈イタコ〉人形なのだ。

 原出特士はフンと鼻を鳴らして笑った。

「当然だ。情報は掴んでいる」

 自慢げに口の端を曲げる。

 やはりだ。〈ガイア教〉に自衛隊の間諜がいるのだ。るふの母親の発明はそいつによって自衛隊に漏れていたのだ。そして、そいつの指示でキバを持って逃げ出したるふを追いかけているのだ。

「しかし、自衛隊も焼きが回ったな。〈ラブドール〉回収にこの大騒ぎか」

「貴様はこいつの価値を解っておらんのか!」

 原出特士は俺の右手の指を挟む様に金属製ボールペンを握らせながら声を張り上げた。

「〈尖閣諸島防衛戦〉の時、中国を撤退させたのは何だったか憶えてるだろう! 『中国から全日本人アニメーターを引き上げさせ、全ての漫画アニメ特撮ゲームの版権物輸出を永久断絶する』という政治的脅しだ! それぐらい、日本の漫画やアニメ等の〈クールジャパン〉は影響力を持っているんだ! 世界は〈オタク〉が動かしているんだ! もし、今は逝去した漫画家の新作や連載中絶作品の続編が作れるとしたらどれだけの国力になると思う! この〈イタコ〉は国際情勢を左右する恐ろしい力を持っているんだ!」

「そこまで言うとお前も〈オタク〉なのか」

「〈尋問オタク〉でね」

 言って、ボールペンを握らせた手に力を込める。

 ぐおっ! 激痛。

 てこの原理で俺の中指の骨が折れた。

 畜生。後で倍返しにしてやる。

「ともかく、悪い事は言わん。俺に従え。我が隊は悪いようにはせん」

「嘘つけ。どうせ、どっちにせよ、お前達は俺の脳から〈嘘発見機〉をほじくりだすつもりだろ。リンも処分か永久禁固だな。るふをせいぜい保険として残すくらいで、お前達の興味はあくまでも〈イン・キバ〉だな」

 原出特士はニヤリと答えた。

「ああ、そうだ。物の価値も解らぬ宗教家達に破壊させるには惜しすぎるのでな」

 俺はるふから何故キバを〈ガイア教徒〉が破壊しようと躍起になってるか聞いていた。

 大いなる〈ガイア〉様とコンタクトする為に作り上げられた機械の〈イタコ〉。

 それが〈ガイア〉に呼びかけて反応がないという事は、神の〈不在証明〉になりえる。

 その事実を〈ガイア教徒〉は隠ぺいする為にるふの母親を殺し、るふとキバを抹消しようとしているのだ。

 〈ガイア教徒〉は今、凶暴だ。るふの母親を殺した如く。

「母は〈ガイア様〉にこの世界を救う様にお願いしたかっただけだというのに……」

 るふの丸眼鏡のレンズが涙に濡れる。

 身内たる〈ガイア教〉から逃げ出したるふはその情報を掴んでいた自衛隊にも追われる羽目となった。

「お前は」と俺はキザたらっしい顔を睨む。「〈ガイア教徒〉に復讐したくないのか。双子の弟を殺した」

 すると原出特士はボールペンを握らしたままの俺の手を更にぎゅうっと握りしめた。

 ぐおおおっ。凄まじい激痛で俺はうめく。

「オーク!」

「オークさん!」

 リンとるふが俺の身を案じて悲痛そうな叫びを挙げる。

 身の心配をしてくれるご婦人方がいるってのはいい気分だぜ。待ってろよ。後でヤリまくってやるからな。ブヒ。

「特士!」運転席からの報告がコンテナ天井のスピーカーから聞こえる。「前方に障害物! 戦車らしき物が進路をふさいでいます!」

 コンテナ内の自衛隊員達が騒めき、幾人かが立ち上がる。全く、今の自衛隊員は錬度が足りない。

「面白い事が始まる。そのどさくさに紛れて逃げるぞ」俺は大声ではばかる事なく、リンとるふに声をかけた。「キバ! 俺の命令が聞けるか! 石川賢の絵で強固な鎧を描いてくれ! 石川賢の漫画に出てくる様なハッタリの利いた何でも跳ね返すスーパーロボットの様な奴だ!」

「紙がないよ!」リンが叫ぶ。

「自分のシーツに描け、キバ!」

 少年型〈ラブドール〉の眼に光が宿った。

 キバは薄汚れたボロボロのシーツを身にまとっている。

 キバの人差し指がシーツの表面に流麗な黒線を踊らせた。描線がまるで布のシーツが鋼鉄の完全鎧であるかの如くディテールアップしていく。並ぶリベットの頭。補強する複合鋼板。いかにも金属らしい黒い艶。立体感を浮かび上がらせるカケアミ。

 既にキバのまとうそれはシーツではない。

 画力は説得力。広くなびきながらも鋼鉄以上の甲板を実感させる、完全鎧。フードのついたオリハルコンのスーツアーマーだ。

「貴様! 何をしている!」

 パニックの中で俺の頭に拳銃を突きつける原出特士に構わず、俺はリンとるふの身体を両腕に抱えて、キバの後ろに隠れた。

 次の瞬間、トラックは爆熱に襲われ、大衝撃が中にいる人間を襲った。

 自衛隊員は破片の雪崩と化したトラックの車内で、まるでミキサーの中にいる様に『かき混ぜられた』。

 無事だったのは無敵の鎧を着込んだキバとその後方に隠れた俺とリンとるふだけだ。いや、残念ながら原出特士も助かる位置にいた。

 前方の〈ガイア教徒〉の戦車が放った榴弾によって、トラックは襤褸の様に全壊した。

「ほらな。言ったろこうなる宿命は読めていたんだ」

 俺は折れた右手を左手でかばいながら、女性二人に笑った。

 宿命なんかじゃない、やはり思った通りだ。

 自衛隊が〈ガイア教〉内にスパイを送った様に〈ガイア教徒〉のスパイも自衛隊の中にいて、俺達の状況を刻一刻と流していたのだ。情報は漏れているのだ。

 だから最初の原出弟の部隊は〈ガイア教徒〉によって撃墜された。

 ともかく俺達はこの機会を逃さない。

 キバの手を引き、燃える車内近辺から脱出する。辺りは燃える破片で一杯だ。

「貴様! 逃げるつもりか!」

 制帽から血を流している原出特士が俺達を拳銃で脅した。

 俺達は止まる。

 恐ろしいのは特士ではない。その後方で砲をこちらに向けて、今にも発射しようとしている〈ガイア教徒〉の戦車だ。前近代的な戦車だが、今の俺らにはそれでも恐ろしい。今度はキバの装甲で防げるかどうか自信はない。

 拳銃の発射音。

 俺の肩を拳銃弾が掠めた。そんな物、恐ろしくもなんともない。

 原出特士の背景で、戦車が砲を発射した。

 次の瞬間、〈ガイア教徒〉の戦車が爆発の炎に包まれた。

 砲身を砲弾が離れるより一瞬早く戦車を狙撃した自衛隊の機動戦闘車は、戦車に致命的なダメージを与え、俺達を狙った砲弾の起動を反らした。

 俺達の背後で、着弾した砲弾が爆発した。

 自衛隊の機動戦闘車は、対戦車ロケット砲の着弾で、横っ腹から大きな炎を上げて爆裂した。装甲の弱さが災いしたか。

 道路は、周囲の街中からわっといきなり湧いた、武装した〈ガイア教徒〉で埋め尽くされた。

 皆、対戦車ロケットや突撃小銃、短機関銃を持った物騒な奴らだ。

 頭上の空で自衛隊の戦闘ヘリがガトリングガンを撃ち、それが上げた土煙に巻き込まれた〈ガイア教徒〉達がミンチになる。

 汎用ヘリも空中でハッチを開けて、付随している重機関銃を地上に向かって撃ち始めた。

 地上の混乱の中で、携行式対空ミサイルが白い尾を引く。

 戦闘ヘリの一機が撃墜された。

 汎用ヘリからロケットパックで降下した自衛隊員達が戦闘に加わる。

 爆炎と煙。銃弾が飛び交う。

 現状はもはや混沌の極みだった。

「何処だ! 大久!」原出特士が混乱の中で見失った俺の名を呼び、銃を撃つ。

 と、その腹に小銃弾が数発、撃ち込まれた。

 原出特士は撃ってきた者に拳銃を撃ち返した。

 そいつの頭部の上半分が吹き飛ぶ。

 原出特士の撃ったその男は、俺の記憶に間違いなければ奇しくもその双子の弟を吹き飛ばした男だった。

 偶然にも弟の仇をとった原出特士はそれきり、路上に身を伏して動かなくなった。大量の血が池になる。自分が完了した復讐にも気づいてないはずの男はニヤリと口を曲げて、笑って死んだ。

 やれやれ、生きていればこそ、女ともヤれるというのに。

 自衛隊に大ダメージを与え、自らも大きく傷ついた〈ガイア教徒〉達は、俺達をも見失い、ここが引き時と一斉に退却に移った。この戦闘時にも律義に黒紫の僧服を着ていた者達はまるで虫が逃げるかの様にわっと散った。

 戦闘ヘリと残った自衛隊員達が散発的な追撃をかけるが、それもすぐに止む。

 俺達を見つける、それが最優先のはずだ。

 しかし、奴らは死体から僧服を剥がして羽織り、逃げる〈ガイア教〉集団に紛れ込んだ俺達を見つける事は出来ないだろう。

 キバは着ていたスーツを裏返し、それをカモフラージュにして変装している。モンキーパンチの画風のルパン三世に出てくる様な一体、何処から出てきたのだろうと不思議になる完璧な尼僧の変装だ。勿論、描写を命令したのはこの俺の狡知だ。キバの手を取って先導するのはるふとリンだ。

 俺達は近くに止めてあった〈ガイア教徒〉の武装救急車を奪い、他の連中から離れ、一路、福島へと急いだ。

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