第18話 正体

「えっと、何かしましたか?」

 首筋にひんやりと感じる金属を極限まで無視して、質問をする。

 おおかた、首筋に当てられるものといえば剣と相場が付くので、きっとこれは剣なのだろう。

 いきなり首筋に剣を添えてくるモノに何かをしてしまった覚えは一切ない。

 そうなればおおよそ会話など無理に等しいのだが一応そんな言葉で答えて見せたのだが、

「振り向くな!」

 ただ結果としてはやはりうまくはいかない。

 実際、そんなにうまくいくとはもちろん思ってなんていなかったが、少しぐらい勝手のいい展開を夢見たのだ。

 警告の声と共に、一層押し付けられたそれはチクリとしたような痛みをもたらす。警戒のために自然と首に帯びていた熱が抜けるのを感じるに、きっと首筋が少し切れてしまったのだろう、

 本来、この瞬間に人は痛みから死を予感して慌てふためくのかもしれないが、もっと危険な環境を知っている。それこそ、今の状況に比べれば幾千もの修羅場を超えてきたといえるだろう。こんなでも元勇者候補なのだ。

 だから俺自身としては大丈夫だし、頼もしい家族がいるので安心できるのだが。

 ただ、

「レ、レントさん!」

「レント! 血が」

「殺すぞ」

―—リリス、口調が戻ってる

 三者三様の声を聴く限り、どうやら俺だけが標的となったらしく俺を見ている三人の反応はそれぞれ。シエテはたぶん、俺がこういう状況になっていることにただただ心配している感じ。ただ冷静に状況を見ているからか、命の心配はしてないと思う。

 レイカは間違いなく命の心配の方だろう。顔には完全に焦りの色が見える。まあそれについては、俺がどういう場面を抜けてきたか知らないから、仕方ないのだろう。

 レイカの前で本気で何かをしたこともないし。

 そしてリリスは、

「レントから離れなさい!」

 見事に殺気を出して、普段の姿では抑えてもらっているそれ。背中から黒く艶やかな双翼が現れてしまっている。

「あれ、羽が」

 感情的になったときに出ることがたまにあるこの翼は、レイカには教えていなかった。

 というか、悪魔だなんてことも一切教えていないので、一つ手間ができてしまった。

―—うまく説明しよう。 原初云々は伏せて。


 とはいっても、悪魔という存在がいるといっても彼女なら理解はしきれなくても納得はしてくれるだろう。

 彼女の存在自体が、異世界からの勇者という奇異の存在なのだから心配はいらないだろう。というか、理解はしなくても納得はさせて見せる。

 そうなるとやはり一番の問題は、

「え、あ、でも....」

 俺に押し付けていた剣を少し離し、怯えたような声を出す人物だろう。

 声からして男。大方、森でこんな手段を取るのだから、山賊やただのごろつきなどだろうとは思うが。背中に当たる体の感じから、武器の種類はナイフのようなリーチの短いものだろう。

 あと体つきはかなりしっかりした感じだ。おそらく山賊などの中では、かなり実力者なのかもしれない。ただ、こういう状況は勇者候補だった頃に、何度も訓練をしてきた。実際に経験したことだってある。それこそもっと屈強な男たちを相手に。

 だから、今のこの状況を打開し、形成を覆すことは難しくない。それこそ今にだって、この状況をひっくり返すことはできるのだが、相手の安全がそこにあるかはわからない。

 実際に敵を見ているわけでもないから、不測の事態はそういう展開になってしまうかもしれない。


 流石に殺したくはないし。


「放してもらえますか?」

「ひ!?」

 なるべく落ち着いた声で言ったはずだ。

 ただ、よっぽどリリスが発する殺気が怖かったのか、そっと腕をとると悲鳴を上げられる。もしかしたら、がっしりした体をしてはいるが場数は薄いのだろうか。

 まあ最近、こんな場面がなかったからリリスも驚いて加減ができていないのだろうが、見るからに怯え切っている相手を見てしまうとこっちが悪役のようだ。

 実際、目の前で殺意を誰でもわかるように出して、わけのわからない魔方陣を何個も展開しているリリスは間違いなく恐怖だろう。

「えっといいかなっ!」

「っ!!」

 もはや少し力づくに、怯えて油断しているところでつかんでいた手を思いっきり引き寄せ背負い投げる。

 完全に虚を突かれたのか、予想よりもすんなりとできた投げは綺麗な弧を描き、男を地面にたたきつけた。

「ぐっは!!」

 虚を突かれたためか、受け身もろくに取れなかったようでその体を地面打ち付け、大きな息を吐いたところで馬乗りに。

 これで完全に無力化することができた。

 ただ、

「きゃ!」

「は?」

 おおよそ男から出ないような甲高い悲鳴が、真下から聞こえてきた。

 そう、まるで女性のような。

「まさか」

「あ、あなた」

 何となく経験から予測を立てれば、俺の考えがわかったのか、それとも同じことを思っていたのか、シエテも声を上げる。

 今思えば、いくら油断していたとしても背後をいきなり取られるのはありえない。

 それこそ、このメンバーで取られるなんて普通はありえないのだ。


 俺の下で横たわっていた、髭を蓄えた30代ぐらいの強面の男の顔が徐々にぼけはじめていく。不思議なもやのようなものがその人物を包み込んでいく中、それに応じるように抑えていた両手首もだんだんと細くなっていくのがわかる。

「え、え?」

 徐々に姿が変わっていく男にレイカは驚いているが、俺としてはつい最近まで見慣れていた。

 ただ、男から変わるようなことはなかったが。

 さっきまであった厚い胸板も徐々に膨らんできて、屈強という体つきが華奢な体つきに変わり切ったとき、

「エルフ」

 俺の下にはぶかぶかの服に身を包んだ、白磁のような肌に金糸のような髪を持ちツンと尖らせた耳を持った人物。

 エルフの特徴を完璧に満たした女性がいた。



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