第17話 登山

 ルーティオン村の南西の山。


 このアーバスト帝国の中でトップクラスに過酷な山、『狼山カース』

 魔森地を避けるための迂回路として多く使われるために、実際の山の過酷さというよりかは、生活に関連する山としての過酷さが際立ち、過酷な山と人々に記憶されている。

 そんな人々にとって過酷な山も、魔森地という最難関地点を超えることよりもリスク自体は少ないため、皆がこっちを選ぶ。


「あぁ、レント! おんぶ」

「リリスは余裕でしょ」

「めんどくさい」


 カース山へと行くために、そこそこのキツさの山を一つ越えたところでリリスのそんな声が聞こえてくる。

 完全に飽きてしまったのか、こちらをむくれた様な顔で見てくるが我慢してもらうしかない。  

 本来だったらもっと早いペースで終わらせていくのだが、今回はそうはいかない。

「シエテは大丈夫?」

「あ、はい」

「そっか」


 リリスの言葉で登山に没頭していた意識が柔らんだのでシエテに視線を飛ばすも余裕そうな姿。

 流石はエルフといったところなのだろうか、シンプルに登山を楽しんでるようにも見える。

 そうなると問題は1つ。

「レイカ? レイカ生きてる?」

「死んでる」

「よし、休もうか」

 流石に返事があったからと、ここで行進を続けるほど愚かではない。

 後ろで、五人分の歩幅が離れた先で、顔を真っ青にして一生懸命後ろを追ってくる彼女を見るにもう限界だろう。

 肩で息をしているのが丸わかりだし、何より小鹿のように震える足はこっちが罪悪感に苛まれる。

 ここで強行して、倒れられた方が大変だ。

「あ、ありがとう!」

「いいよ。 リリスお願い」

「ん」

 嬉しそうに顔を崩したレイカを一瞥して、リリスに声を掛ければすっと魔法で飛び上がっていく。


 その間に、少し先の開けた場所にレイカを座らせ、俺も腰を落ち着かせる

「ほえぇ。すご」

「レントさん。 お茶です」

「ありがとシエテ」

「レイカさんも」

「あ、ありがとうございます」

 レイカは上空でじっと止まっているリリスにただただ感動しているが確かにそうだろう。

 普通、人が空にいて、しかも止まっていたら見上げるのだろう。

 それこそ見慣れてしまったが、空中にとどまるなんて俺にはできない。


「とりあえず周りは大丈夫そうよ」

「ありがと」

「ん」

 すっと真横に降りてきたリリスからの報告を受け、身体からどっと力が抜けていくのがわかる。

 実際の疲れと精神的な疲れはやっぱり違うし、最近のんびりとし過ぎていたからか久しぶりの運動に身体は疲れていたようだ。


「てか、あれだけ飛べるなら、山までスグなんじゃ?」

 レイカの疑問は一切間違っていない。ただ、

「無理」

「え?」

「敵に見つかりやすいでしょ」

「あ、なるほど」

「それに私たちがあんなに飛べませんし」

「そーゆーこと」


 リリスがきっぱりと否定したからか、驚いたような顔をしたレイカもその後の説明とシエテの言葉で納得した顔になりお茶を口に含んでいる。

 ただ、リリスとレイカの会話で決定的に違う点があるとするならば、

―—敵に人間が含まれていることだろう。

 リリスの存在はいわばタブー。

 というか悪魔自体がよく思われない中で空を飛んでいるところなんてみられるわけにはいけないのだ。それが見つかった日には原初の悪魔の復活としてアーバスト帝国は震撼するだろう。

 そうなれば、この国を相手取らなくてはいけなくなってしまう。

 まぁ本当にそうなった日には、この国を出ていくだけなのだが。

 

 ただ、今回リリスの問題異常に心配なのが、レイカの存在だ。

 第二勅命隊が彼女の捜索に動いている。

 それが魔森地ということは、足取りをしっかり追われていたのか、それとも勘が優れていたのか。

 魔法を使ってシエテがレイカを調べたが、追跡魔法などといった者は一切なかったというので後者であると考えたいが、そこまで俺達にはわからない。

 そうなれば、むやみに空を飛んで姿をさらすことは、危険でしかないのだ。


 それに、今回の任務自体があまりにも怪しい。

 なんで魔獣のいないはずの山に魔獣が現れたのか。

 その調査も、前情報もなしになぜルーティオン村のような小さな村にその任務が来たのか。

 考えば疑わしいことばかりなのだ。

 それこそ、レイカを探すための罠なのではないかなど。

 だから今回はおとなしくいく。そうリリスとシエテとは話あったのだ。

 いっかいは、本当にレイカを置いていってすぐに任務を済ませようなんて言う作戦も出たが、流石に何もなかった時に意味がないので、それはやめたのだ。

 そのため、目の前で完全に腰を地面に落としてるレイカには悪いが、

「あと少しがんばろう」

 そういうしかないのだ。

「すこしって?」

 こちらに縋るような視線を向けてくるレイカ。

 少なくとも俺の知る限りあと一つは山を越えなくてはいけない。 

 それもそこそこいきつい山を一つ。

「頑張れば早く終わるよ」

「......あい」




*********

「あつーい」

「がんばって」

「つらいー」

 休みを切り上げて徐々に進行を進み始めて小一時間。

 森の中をさえずって回る小鳥並みに、後ろから声が響いていた。

「うっさいばか」

「ちょ、ひどい!」

「レイカさん。 がんばりましょ」

 いうまでもなく、そんな悲鳴を上げているのはレイカなのだが。

 ここまでよく頑張っているとおもう。

 偉そうな感じにはなるが、本当に。


 一つ目の山を越えてもう限界のような姿だったが、今もあきらめずに歩いてくれている。

 予定自体がかなり厳しいプランで建てているために、俺たちの足取りはかなり早いが、それでも一生懸命ついてきてくれるのだから。


 もしかしたら、リリスがかけた治癒魔法が効いていたのかもしれないが。

「あ、あれってそうじゃない!」

 眼前にカース山の岩肌を捉え、嬉しそうにレイカが駆けだした時、


「とまれ!」

 首筋にひんやりとした金属特有のの冷たさと共にそんな言葉をかけられた。

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