第2話

 翌日、


「スマホがない……」


 そう気がついたのは、三限目が終わった直後のことだった。


「どうした?」


 スラックスのポケットを探っている僕を見て、友人・成瀬が聞いてくる。彼はすでにテキスト類をまとめていた。これから昼休み、早く食堂に行きたいのだろう。


「いや、スマホがないんだ」

「失くしたのか?」

「みたいだ」


 家から持って出たのは確かだ。その記憶はある。だが、どの時点まであって、いつからなかったか、その境が定かではない。


「まずいな……」


 つぶやく。


 多機能すぎて半分も使いこなせていないアプリの中には、金の代わりになるようなものもある。まずは学生課に行ってみるか。落としものとして届けられているかもしれない。


 そう方針を決めたとき、


『二年の藤間真さん。お伝えしたいことがありますので、学生課までお越しください。繰り返します――』


 校内放送だった。


 その丁寧、且つ、事務的な口調は、先生のものではなく、学校事務の人のものだろう。お伝えしたいことというのが方便なのはすぐにわかった。どうやら僕のスマートフォンは学生課が預かっているらしい。


「ちょっと行ってくる」


 成瀬に断りを入れ、一路、学生課へと向かう。


 予想通り、行った先では落としものを預かっていることを告げられた。学生証で本人確認をし、端末を受け取る。


 さっそく切られていた電源を入れ、端末をチェック。特におかしな点はないし、怪しい通話記録もないようだ。後は財布代わりの機能だが、学校で落として昼には返ってきたのだ。使われている心配はないと見ていいだろう。


 ほっと安堵――した瞬間、着信メロディが鳴り、かなりどきっとさせられた。誰だ、こんなタイミングで。心の中でお門違いの文句を言いながらディスプレイを見ると、そこにはこうあった。




 槙坂涼




「!?」


 それ見て心臓が止まるかと思った。


 なぜ?

 なぜ彼女のアドレスが登録されている? そんなはずはない。たちの悪い冗談だ。そう思いたいが、しかし、事実としてディスプレィにはその文字列が表示されている。


「……もしもし」


 通話ボタンをタップし、出る。




『ああ、よかった。今度はちゃんと出てくれたのね』




「……」


 今度は?


『それにさっき放送が流れたばかりで、まだ取りにいってないかもと心配だったの』


 すぐに頭の中で話がつながった。


「……聞きたいことがある」

『そう、丁度いいわ。今からお昼よね? 学食で待ってて。わたしもすぐにいくわ』


 何から何までとんでもないことを言っている槙坂先輩の声は、とても楽しげな調子に聞こえた。いったい今、彼女はどんな顔をしているのだろう。いつも絶やさない、あの大人っぽい微笑を浮かべているのだろうか。


『あ、そうそう』


 と、思い出したように。


『ひとつプレゼントがあるの』

「プレゼント?」

『ええ。よかったら写真のフォルダを見てみて』


 そう言うだけ言って通話は切れた。

 おかまいなしに沈黙した端末をしばらく呆然と見つめた後、僕は言われた通りにフォルダを開いた。


「ああ、こういう顔か……」


 そこにはカメラ機能を使った自分撮り写真が一枚。




 フレームの中ではあの槙坂涼が、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。




 きっとそれは、まだ誰も知らない顔にちがいない。あの槙坂涼がこんな顔もするのだと、いったい誰が想像するだろうか。


「まいったな……」


 知らず僕はつぶやいていた。


(あの人に興味なんてないはずなのにな)


 そのはずなのに。


「興味が出てきてしまったじゃないか」

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